《MUMEI》
14時46分
私の名前は山口隆弥。
ある大手ビルメンテナンス会社に勤める、しがないサラリーマンだ。
立川にあるTビルで、清掃の現場責任者をしている。

平成23年3月11日…金曜日。
その日も、何事もなく過ぎる…はずだった。

14時30分を過ぎた頃だっただろうか、私の携帯に、管理事務所の川俣所長から電話が入った。
「山口君、7階の東西ハウスさんで、蛍光灯が切れてるみたいだ。」
「了解しました。対応します。」
私は倉庫から脚立と蛍光管を持ち出すと、東西ハウスの入っている7階に向かった。
東西ハウスの事務所に入り、切れてる箇所を確認。
「おや?…ここって確か…?」
「ええ、そうなんですよ。」
…確かに替えた記憶があった。しかしそれから一週間も経っていない。
脚立に登り、試しにその場所の蛍光管と、隣の蛍光管を入れ換えて見ると…。
「あれ?…点いたね。」
少し離れた所にいた男性が言った。
「そうですね…とりあえず暫くは、コレで様子を見て頂けますか?」
「わかりました。」
(やれやれ…。しかし、これでまた切れたとなれば、安定機の劣化かな…)
そんな事を思いながら、私は脚立を降りた…その時だった。

その時刻…14時46分。

「あ、地震…」
事務所にいた女性が、声を上げた。
(地震か…ここは7階だから、大きく感じるな…)
すぐ収まるだろう…私を含め、恐らくその場の誰もが、そう思っていただろう。
だが…揺れは更に大きくなった。例えるなら、大波を受けたボートの上に立っているような感覚が、ビル全体を襲った。
私は立っていられなくなり、まだ開いていた脚立に掴まり、その場にしゃがみこんだ。
やがて、事務室内の植木が倒れ、本棚にあった本やファイルが、バラバラと落ちてきた。
(何だ…この地震…尋常じゃねぇぞ…!!)
「これ…外に避難した方がいいんじゃない?!」
近くにいた女性が声を上げた。
その声を合図に、私を含め、その場にいた全員が動いた。
廊下に出ると、既に他のテナントさんは、避難を終えていた。
私は避難の途中、会社用の携帯で、パートの丸森さんに連絡を取った。
「もしもし!丸森さん今どこだ!!」
「正面玄関出た所です!」
「わかった!」
私は、慎重に階段を降り(この時、脚立と蛍光管で両手が塞がっていた)、
1階に降りた所で一度控室近くまで行き、蛍光管と脚立を安全な場所に置いた後、
何とか情報を集めようと、プライベートの携帯を操作していた。
自分が登録している天気予報のサイトを見ようとしても、何故か指先が震え、思うように操作できない。
…今思えば、端から見たら相当滑稽な姿だったと思う。それだけ私はパニックになっていたのだろう。
1階の通用口脇にある管理事務所…扉が開けられた室内では、川俣所長が、緊張した面持ちでテレビを見ていた。
そして…そのテレビの画面には…信じられない文字が映し出されていた。
(大津波…大津波警報だって!?どんだけでかい地震なんだ!?)
映し出されていた日本地図の、福島県から岩手県沿岸にかけて縁取られた、赤と白の縁取り…
そして、日本地図の太平洋沿岸を取り巻く警報、注意報…。
「………!!」
言い知れぬ恐怖…それに近い感覚が体を走った。
(…そうだ!丸森さん…!)
我に返り、正面玄関から外へ。既にビル内から多くの人が避難していた。その中に、パートの丸森さんの姿があった。
「えらい地震だったな…」
「ええ…」
その後、私と丸森さんは控室に一旦戻った。余震に備え、控室の扉は開けておいた。
私は、直属の上司である小笠原さんに連絡を取ろうとした。しかし、携帯、固定電話とも通じなかった。
(…災害時には繋がりにくいとは、聞いてはいたが…)
その時、再び揺れが襲った。
「余震だ…こいつもでかい!…逃げろ!」
丸森さんを先に逃がし、私も続く。
通用口から駐車場に向かい、揺れが収まるのを待った。
私はもう一度会社の事務所へ電話をかける…今度は繋がり、自分と丸森さんの無事を報告した。
電話が終わると、私はワンセグテレビを起動させ、NHKに合わせる。
テレビの画面では、アナウンサーが、各地の震度を伝えていた。
「各地の震度を、繰返しお伝えします。震度7…宮城県栗原市…」
現在の震度7…それは、かつての阪神淡路大震災を越える事を意味していた…。

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