《MUMEI》

 「ディノ!朝メシ出来たぞ!いい加減起きやがれ!」
それから、数年の時が経ち
アンディーノの自宅ではフライパンを叩くけたたましい音が鳴り響くのが朝の日課と化していた
日々その音で心地よい眠りを邪魔されるのもすっかり慣れてしまい
だが頭はすっきりとはせず、ぼんやりと身を起こせば
目の前にすっかり成長したラティの姿があった
「……俺も、歳取ったな」
改めて時の流れを実感し、物思いに老け始めれば
支度を始めようとしないアンディーノに焦れたのか
ラティは再度、フライパンを打ち鳴らし始める
「メシ、食わねぇのか?」
顔を間近に言い迫られれば
だが返してやる事をアンディーノはせず
フライ返しを持つ右手を掴み、アンディーノはラティを引き寄せていた
突然のソレに油断したのか、倒れ込む様にその腕の中へ
「何すんだよ!?」
「ラティ、ホンマに大きくなったなぁ」
「はぁ?何だよ、行き成り」
「うん。ホンマに大きくなった」
確認するかの様に何度も呟いて
穏やかな笑みを向けられ、ラティは無意識に照れを覚える
「……オ、オヤジ臭ぇこと言ってんじゃねぇよ」
「っていわれてもオッさん、実際親父やし」
笑みを苦笑に変えながらながらアンディーノは途中何かを探す様に視線を泳がせ始める
目的のモノをラティの肩越しに見える棚に見付け、取ろうと腰をあげれば
ラティもそれに気付き
アンディーノが立つより先に、それを取りに立った
「ありがとな」
差し出されたのは淡い青の長布
受けと取ろうと手を差し出せば、だがラティはソレを渡す事はせず
そのまま、何を言う事もせずアンディーノの背後へ
「ラティ?」
「貸せ。やってやる」
無愛想な物言いで布をアンディーノへと巻いてやる
幼少の頃とは流石に違い、器用になった手先
そんな些細なことでもん喜ばしく感じてしまうのは、やはり借りとは言え親
自然と、表情も和らいでいく
「……何、笑ってんだよ?」
「いんや。オッさん思いのエエ子に育ったなと思て」
「なっ……」
幼い頃の癖でつい頭を撫でてやれば
ラティは照れに動揺し折角巻き付けた布を複雑に絡ませてしまていた
「ラティ。すまんけどコレじゃ何も見えんわ」
困った風に笑うアンディーノへ
若干焦って詫びを入れるとまた巻きなおしてやる
「こ、これでいいだろ」
「バッチリや。ラティ、ありがとうな」
「……別に、大したことじゃねぇし」
つい素気なく返してしまい、だがアンディーノは嬉しそうに笑う顔
向けられるソレに恥ずかしさを覚え、ラティは踵を返す
どこへ行くのかと問うてみれば
「……その辺、見回ってくるだけだ」
ラティは短く返し外へと出て行く
その背を見送ると、アンディーノも腰を上げ
向かったのは、畑
相も変わらずたわわに実ったトマト畑を眺め見
アンディーノはソコヘと座り込み、熟したトマトを取り始めていた
今日は何を作ろうか、考えこんでいると
「開店時間、とっくに過ぎてるよ。オッちゃん」
不意に上からの声
そちらへと向いて見れば居たのはサラ
どうやら迎えに来てくれたらしいサラへ、アンディーノは笑みを浮かべて見せる
「笑って誤魔化そうとしてもだめやって。ほら、早う!」
急かされるように背を押され、アンディーノは仕方なく店へ
結局、何を作るか決まらないまま支度を始める
元よりメニューなど余り考える事などしないのだから、開き直り
一時間遅れで開店
取ったばかりの野菜で、何とか様々作っていく
「よ、ディノ。今日、坊ちゃんはどうしたよ?」
途中、声をかけてきたのはサラの兄であるエドガー
アンディーノは作業に忙しなく動きながら、出掛けた旨を伝えてやる
「坊ちゃん、一人で平気か?」
「は?何がや?」
随分と深刻な顔の相手へ
アンディーノは首を傾げて見せれば
唐突に襟元を引かれ、耳元にその唇が寄せられた
「……此処だけの話だけどな。街外れの森の中に群れが潜んでるって噂だぞ」
「群れって、狼共のか?」
「ああ。不用意に近づいて危ない目に会ってないといいけど」
溜息混じりのエドガーのソレに、アンディーノの顔が険しくなる
もし、何がありでもしたら、と
居てもたっても居られなくなり、エプロンを外すと手近な椅子へと引っかけた
「行くのか?お前も相当な過保護だな」

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