《MUMEI》

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「しかも得意先の一人娘が相手じゃ断りづらかったんじゃないですか?」

あえて皮肉を口にしたのは、さっきの『お若い』発言がまだわだかまっている。
東條さんは少しバツが悪そうに笑い、それから答えた。

「そんな大事なお嬢さんにしがない中間管理職の僕なんかが相手なんて、おそれ多いです」

できた大人なのか、それとも慣れているのか、東條さんは余裕の表情であたしの皮肉をソツなくかわす。
それにしても『お嬢さん』というフレーズにまた引っかかる。どこまでも子供扱いをする気でいるようだ。

あたしは彼のコメントに答えず、テーブルにあるアイスティーを一口飲んだ。ヒンヤリとした液体が喉をゆっくり降りていく。

このまま、だらだら話し込むのも面倒だ。

グラスを戻したタイミングであたしは東條さんの顔を見、思いきって口を開いた。

「あたしはこの縁談を、前向きに考えてます。東條さんさえ良ければ、このままここでお話をまとめてしまっても構いません」

それだけ言うと、東條さんは意外そうな顔をした。眼鏡の位置をただして、「良いのですか?」と首を捻る。

「今日、初めて会ったばかりなのに?」

東條さんの問いかけにあたしは微笑んで頷く。それを確認すると、東條さんは少し身を乗り出した。

「この先、将来に対する不安は無いですか?」

「全然」

「まだまだやりたいことも、たくさんあるでしょう?家に入ると、自分の時間が制限されてしまうと思いますが」

「やりたいことですか?うーん、特にないですね。これといって趣味もありませんし」

「もし結婚したとして、将来的にお仕事を辞めざるを得ない環境になったら、後悔しませんか?」

「仕事といっても雑用係みたいなものですから、いつ辞めても未練はないです」

簡単な質疑応答が間で淡々と飛び交う。あまりに気安すぎてまるでバイトの面接みたいだ。



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