《MUMEI》

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―――その日の夜。



あたしは久しぶりにある人へ電話をした。
しょっちゅう電話はしているのだが、向こうからの電話を待ち受けているのがほとんどで、あたしからかけることは、まず無い。リスクが大きいからだ。

どんなに寂しくても、いつもなら我慢できるのに、その夜は無性にその人の声が聞きたくて仕方なかった。祖母からお見合いを強要されたのが原因に違いなかった。

機械的な呼び出しコールが虚しく耳の中に響く。数回鳴らしたところであたしは電話を切った。
ムダだ。今夜、相手は電話に出ない…違う、出られないのか。
そう思うと胸の奥が焼けるように痛む。

電話は諦めてメールを送ることにした。簡潔に、今度お見合いをすることになった、と打ち込んで送信する。メールを読んだら、相手はどう思うだろう。相手の反応に少し、いやかなり興味がある。

メールを送ってから1分も経たない内に返信が来た。やはり電話には出られる状況ではなかったのだと察する。急いでメールを開くと、携帯のディスプレイに平仮名で『がんばれ(笑)』と素っ気ない文字が浮かんでいた。読んだ途端にどっと疲れが出た。
なんだそれ。『がんばれ(笑)』。たったそれだけか。アイツにとってあたしの見合い話はそれだけのものなのか。

相手の中での自分の立ち位置はちゃんとわかっているつもりだけど、この夜だけはもっと違う…こんな素っ気ないものではなくて、もっと甘ったるい言葉が欲しかった。

疲れて悲しくなって、それからだんだん怒りが込み上げてきた。『がんばれ』だって?なんだそりゃ、ふざけんな。しかも『(笑)』って、どういうこった。バカにしすぎだろうが。結婚するかもしれないのに。あたしはアイツの一体何なんだ?

そしてその怒りは矛先を変え、あたしの見当違いな闘志に火をつけた。

何がなんでも、このお見合いをうまくまとめてやる!そんでアイツを絶対後悔させてやる!
そう思った。



―――以上が、あたしが東條さんとのお見合いを俄然やる気になった経緯である。



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