《MUMEI》

「……」
風の音しかない其処に怪訝な表情を浮かべ
周りを見回し獲物の柄を握り返した
「せぇの!」
掛け声一つで勢いよくそれを振りかぶり
刃ではなくミネで気の幹を打ち付けてやる
その衝撃で振動する木
小刻みに震える様を暫く眺めていると
不意に頭上へと巨大な影が現れた
「!?」
巨大な地響きを起こしながら降ってきたソレは
想像を絶するほどの巨体を持つ狼
その狼はアンディーノを見下ろし、何故か微動だにしない
「このデカさ、反則とちゃうん?」
余りのデカさについ愚痴がこぼれ
更にその周りに群れを成す狼たち
四方を取り囲まれ逃げ道を失ってしまう
「たかが人間一匹をこれだけの頭数でタコ殴りか?」
つい苦笑を浮かべ、周りを見回してやれば
咆哮が一つ
その声を合図に狼たちが一斉に飛びかかってきた
多勢に無勢で全てを交わす事が出来ず
身体の至る所にその牙を戴いてしまう
「……っ!」
何とか荒方の狼を蹴散らす事が出来た頃には全身傷だらけで
足元には自らの血溜まりが出来てしまっていた
「あんま年寄りに無茶さすなや」
感じる痛みに出血多量故の眩暈
更には脚元さえも覚束なくなってしまい
瞬間に出来てしまった隙を、当然に衝かれてしまう
気付けば狼の巨体が目の前
剥き出しにされた牙を視界に捕らえるも避ける事ができず
腹部にソレを深々と戴いてしまっていた
目の前に焼き付く赤 朱 あか
その色は否応なしに(あの時)を思い出させる
母親の亡骸、その血に塗れ泣き叫ぶ幼少のラティ
抱きしめてやった小さかった身体はいっそ可哀想な程に震えていて
そんな思いをまたさせる訳にはいかない、と
付いてしまった片膝を何とか立ち上がらせる
「……仇、取らせて貰わんとな」
咆哮をもう一度聞き、大き身は高く跳ねた
ソレを眼で追うてみれば、瞬間だが無防備になった腹部が目の前に晒され
後期は今しかない、と獲物を其処めがけて振るう
肉を抉る感触、そして漂い始める人の血の臭いとは違うソレ
当然狼は抵抗に暴れ、その爪がアンディーノの喉元に向けられる
「……何も、奪わせへんよ。もう」
掻き切られてしまう寸前
アンディーノは獲物を握り返し、その動きの流れのままその首を落としていた
「……ホンマ、勘認」
降ってくる血液を浴び、朱に染まりながら
短い謝罪を口にしていた
何であれ、生きていたものを手に掛けた
その罪悪感から逃れたいが為の、薄っぺらな言葉
「……その言葉が出ただけでも、成長したって事だな。ディノ」
亡骸を目の前に唯立ち尽くしていると背後からの声
向いて直って見れば、そこにフォンスが立っていた
「加勢に来てみたけど、一脚遅かったな」
「……絶対ウソやん」
その気など毛頭なかったろう事を指摘してやれば
フォンスはどちらとも取れない笑みを浮かべながら踵を返した
「それは放っとけ。明日にでも他の連中連れて片しにくるから」
帰るぞと促され、アンディーノは取り敢えずその言葉に従った
途中、振り返り
やはり動かないそれを見、漸く片が付いた実感を得た
「……これで、もう大丈夫なんやろうか?」
だが不安が残るのも事実、それをつい口にしてしまえば
後頭部を平手で叩かれる
「大元は殺ったんだろ。なら、大丈夫だって」
何の根拠がある訳でもない
それでも今はその言葉を確かなものといして受け取りたかった
「ま、兎に角お前は少し休め。帰った坊ちゃんに言い訳しないと、だろ?」
その前に休んどけ、と肩へと腕を担がれ
アンディーノはフォンスに半身を委ねた状態で帰路へと着いたのだった……

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