《MUMEI》

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あたしの仕事はとても簡単なものだ。
来店した客を担当のスタイリストに引き渡す。パーマやカラーの待ち時間、客に飲み物や雑誌を配る。予約や問い合わせの電話に応対する。カットされて床に散らばった髪の毛やゴミを、スタイリストや客の邪魔にならないように手早く片付ける。施術が終わった客の会計を済ませて、見送る。ただそれだけ。

毎日変化のない、単調なルーティンワーク。完璧に出来て当たり前な仕事だから一生懸命働いても誰にも感謝されない。なのに、小さなミスをしたり、業務をダラダラしていると怒られる。仕事が無くて暇な時間、カウンターに無表情でボーッと突っ立っていてもやっぱり怒られる。だから取り合えずいつも愛想笑いを浮かべておく。

始終笑顔で感じ良く、いつも明るく振る舞って、ソツなく仕事をこなしていれば誰にも咎められない。たとえどんなに虫の居所が悪い日であってもそれは同じことだ。

「あなたって、笑顔がいつもステキね」

何人かの常連客が、たまにそうやってあたしの愛想笑いを褒めてくれる。完全に作り物の表情なのにそんなことを言われると妙な気分になる。

わかったふうに言わないでよ。あんたがあたしの何を知ってるの。あたしがどんな気持ちでいつも笑ってるのかあんたにわかるの。

ごくまれにそんな罵詈雑言を浴びせてやりたい気持ちになるが、あたしの中に残っている理性の欠片がそれを制する。
ありがとうございますぅ、うれしいですぅ…なんて、これっぽっちも思ってないのに、オートマチックにそんな台詞を笑顔で口にする自分に嫌気がさす。


それでも笑わなければならない。それがあたしの仕事だから。


しばらくして店長から休憩に入るように言われ、あたしは店のバックヤードへ入った。

バックヤードにはスタッフの私物用ロッカーや給湯設備がある。壁際に倉庫に入りきらなかった在庫の段ボールが所狭しと並べられていて、ただでさえ狭い部屋がより圧迫感のあるものになっている。
部屋の中央にテーブルと椅子が3脚置いてあり、そこで各自持ち寄ったお弁当を広げ、ささやかな食事をとることになっているのだ。
料理が壊滅的にヘタなあたしはいつも、出勤前にコンビニでお弁当を買い、それ持ち込んでいる。もちろん今日も例外ではない。ちなみに今日のチョイスはあたしが大好きな唐揚げ弁当で、お昼がとても待ち遠しかった。



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