《MUMEI》 . 待ち合わせの時間が変更されたので、駅近のコーヒーショップで適当に時間を潰した。 7時半きっかりに駅の改札口へ向かうと、そこはたくさんの人達でごった返している。行き交う人々の中、東條さんの姿を探してみたが見つからない。まだ仕事が終わらないのだろうか。 今どのあたりにいるのか確認しようと携帯をバッグから取り出したとき、 「茉奈美さんっ!」 聞き覚えのある大きな声が背後からあたしを呼ぶ。振り返ると、スーツ姿の東條さんがこちらへ駆け寄ってくる姿を見つけた。 「お待たせして申し訳ありません!車が渋滞していて遅れました」 乱れた呼吸の中でそう詫びながら、彼はセルフレームの眼鏡を外して、額に浮かんだ汗を手の甲で拭った。一瞬あらわになった素顔に不覚にもドキッとしたことは秘密だ。 あたしは感じの良い笑顔を浮かべて、気にしないでくださいと答える。 「上映まで時間もないですね。食事は映画のあとにしましょう」 腕時計を眺めながら東條さんが言った言葉に同意した。あたし達は並んで映画館へ向かって歩き出す。お互いにつかず離れず、微妙な他人行儀の距離感で歩く。 「今日は混んでますね、何かイベントでもあるのかな?」 たくさんの人達であふれ返る歩道を歩きながら、他人事のように隣で東條さんが呟いた。そうですか?と、あたしは首をかしげる。 「いつもこんな感じですけど」 この時間帯、駅周辺は帰宅する人達で混雑する。 東條さんは、そうなんですか?と神妙な顔をした。 「電車を使うことがあまりないので…知りませんでした」 話によれば、東條さんは車通勤らしい。終電に間に合わないほど遅くまで残業しているので、車の方が都合が良いそうだ。 「お忙しいんですね」 「仕事だけが取り柄ですから」 はにかむように笑う。そういう顔は歳上とは思えないほどかわいらしい。うん、悪くない、とひとりで批評してみる。 そんなふうに適当に話をしながら歩いていたら、すれ違った人とあたしの肩がぶつかりよろめいた。東條さんが慌てて支えてくれる。 「混んでると並んで歩くのも大変ですよね」 再び歩き出しながら彼はそんなことを言った。確かにうっかりしたらはぐれてしまいそうなほどの混み具合だ。 . 前へ |次へ |
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