《MUMEI》 . そこであたしは笑顔で東條さんを見上げる。 「じゃあ恋人らしく手でも繋ぎましょうか」 初デートで手を繋ぐ。それは恋人シュミレーションにぴったりの提案だと思ったのだ。 しかし、 「えっ!?今?」 思いきりイヤな顔をされた。予想外の反応にあたしは怯む。なんだ、その露骨な顔。それはちょっと傷つくだろ。 「…イヤならいいです」 気まずくなってあたしは顔を背けた。彼は少し慌てて弁解を始める。 「茉奈美さんと手を繋ぐのがイヤというワケではなくて、なんというかその、こういう公衆の全面で女性とそんなふうに堂々と歩く輩は如何なものかと常日頃から思っていて、自分がそんなことを進んでするなんてことを今まで考えたことがなかったものですから…」 ぐだぐだブツブツ呟いている東條さんを、もういいですよ、と拗ねたようにバッサリ切り捨てた。彼もそこで黙り込む。しばらく沈黙が続いた。お互いに顔を見ないようにして歩いていた。 今日から1週間、恋人シュミレーションをしようなんて、面倒なことを言い出したのはそっちのくせに。なのに恋人らしいことをしてこないから、こっちから提案してみたのに、露骨にイヤな顔をされて。一体なんなのよ。 どうしようもなく惨めな気分になった。ちょっと泣きそうになる。 そのとき、 あたしの右手が、ふんわりと優しい温もりに包まれた。大きく、無骨で、不器用な男の人の手。東條さんの手だった。 あたしは顔をあげ東條さんの表情を窺う。そっぽを向いていたけど、彼の耳まで赤く染まっているのがはっきりわかった。 ―――恥ずかしいくせに無理しちゃって。 笑いそうになるのをこらえながら、素知らぬ顔で彼の隣を歩いた。うん、悪くない、とまた思った。 . 前へ |次へ |
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