《MUMEI》

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「こんな時間に珍しいね、どうしたの?」

「松永さんこそ、どうして…」

うわ言のように尋ねてみれば彼は照れ臭そうにビニール袋を掲げて見せた。袋の表面からカップアイスのパッケージが何個か重なっているのがうっすらと透けて見える。

「ちょっと甘いものが欲しくなってね」

そう答えてから、「茉奈ちゃんは夜遊び?」とおどけた。

「あ、あたしは―――」

答えようとしたとき、名前を呼ばれた。

「お待たせしました…」

言いながら、東條さんがガレージからこちらへ歩み寄ってくるが途中で松永さんの姿に気づいたのだろう。数メートル離れた場所で足を止め、じっとあたしと松永さんの様子を窺っている。

「え、だれ?」

ようやく東條さんの姿に気づいた松永さんの呆けた声であたしはハッと我に返り、慌てて極上の笑顔を浮かべ明るく答えた。

「新しいカレシです。今、デートから帰って来たばかりで」

あたしの返事に松永さんは驚いたようだった。「えっ?」と大きな声をあげたとたんに黙り込んで、あたしと東條さんをキョロキョロと交互に見やっている。

「お子さん、具合良くなりました?」

狼狽ぎみの彼に余裕の表情でさらにそう尋ねてやる。松永さんは、ああとかうんとかへどもどした答えをして、やはり立ちすくんでいた。どうやら東條さんのことが気になっているらしい。してやったりだ。

「それじゃ、また明日」

にこやかに松永さんへ手を振り、東條さんのもとへ駆け寄って腕を取ると颯爽と玄関へ向かった。背中に松永さんの視線を感じる。

「…もう良いんですか?」

東條さんも気になったのだろう。小声であたしに囁いた。あたしは少しだけ頷いて玄関ポーチに入り込む。

東條さんを招き入れてから門扉を閉じる際、最後にもう一度だけ松永さんの方を見た。彼はぼんやりした眼差しをあたし達に向けている。憐れで虚しい男の姿。


「良い気味…」


無意識にぽつんと小さく呟いた台詞はすぐ傍にいた東條さんにも聞こえてしまったようで、顔を見なくてもあたしのことをじっと見つめているのがわかった。

松永さんから目を逸らすとあたしはそれ以上何も言わず、家の中へ入った。あたしの気持ちを察してくれたのか、東條さんも松永さんに関してその日はそのまま何も尋ねてこなかった。



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