《MUMEI》 -IntervalA-. ―――3年前の春。 まだレセプションのバイトを始めたばかりの頃だった。 それまであまり話したことがなかったけれど、松永さんとたまたま昼休憩が重なったことがあった。 「仕事慣れた?」 「ボチボチです」 初めて交わした会話は、そんな内容だったと思う。それを皮切りに話はどんどん弾んでいった。家族のことや休日の過ごし方、住んでる場所などごくありふれたことばかりだったけど、警戒心もなく何でも話せた。 思い返せばあのとき、話していたのはあたしばかりで、彼の方から自分の話をあまりしなかったように思う。 あえてそうしていたのかはわからないが、それでもあたしは松永さんとの会話が楽しかった。 その休憩の日以来、あたしと松永さんは仕事中でもちょくちょく話をするようになり、瞬く間に仲良くなっていった。 それだけでは満足できなかったあたしは、彼に携帯のアドレスを教えてもらい、仕事が終わってもメールで様々な言葉のやり取りをするようになった。いつの間にか名前で呼ばれるようになって、そのときは人知れずガッツポーズをしたものだ。 気がついたら、好きになっていた。 松永さんが結婚していることは、サロンのスタッフから度々聞いていた。 美容師として働き始めて間もなく学生時代の先輩だった奥さんとデキ婚したこと。息子さんが松永さんに良く似ていること。奥さんは商社に就職して松永さんよりも高給取りであるらしいことなど、ウソかホントかわからないような噂が囁かれていたのを覚えている。 彼自身、職場で家庭のことを隠そうとする様子もなかった。スタッフに子供の話をよくしていたし、休憩中に奥さんと楽しげに電話している姿を時々見かけたことがあった。 . 前へ |次へ |
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