《MUMEI》
幼い姿のまま。
―2005年・11月14日。

“ひなみ、ダメだよ。ちゃんと、横断歩道渡らないとっ!って、陸くんもっ危ないって!”

“お兄、大丈夫だよぉ〜♪りぃくん行こう!”

私は、お兄の言うことを聞かないで、りぃくんと道路を横切ろうとした。

“っつ!!?ひなみっ!!”

“えっ…?”

そして、横から来たトラックに私とりぃくんは引かれた。

“ひなみっ!?っあ、ひなみっ!!死なないでっ、ひなみぃっ!!”

“りぃ…くん”

最後に、私の目が写したものは、愛しい人の泣き顔でした…。





―2011年・8月10日


あの事故から、5年。
私は、あの事故で両目が見えなくなってしまった。
それでも、死ななかったのは、奇跡だった。
今は、病院に入院して目が少しでも見えるよう治療をしている。
でも、私の心の中は、きれいな夕焼けも大好きな家族の顔もりぃくんの顔ももう、見えないかもしれないという、不安でいっぱいだった。

「ひ〜なみっ!!アイス買ってきたぜっ!」

病室のドアをノックする音がしたあと、そんな声が聞こえた。
その声は、聞き慣れていたもので、私が待ち続けていたものでもあった。

「りぃくんっ!!」

嬉しさのあまり、思わず声がはずむ。

「アイスかぁ〜、美味しそう。なに、買ってきたの?」

「ん〜?ガリガリ君と、あっソーダ味な。あと、ソフトクリームのバニラ味。ひなみ、どっちがいい?」

アイスを袋から取り出す音がした。

「もちろん、ソフトクリームっ!!りぃくん、いい?」

「あぁ、じゃオレ…ガリガリ君なっ。はい、ソフトクリーム。」

すると、冷たいものがほっぺたに引っ付いた。
私は、びっくりして“ひゃっ”と言った。
おそらく、ソフトクリームなんだろう。
その、冷たいものを手に取った。

「りぃくん、お話進んだ?」

ソフトクリームのふたをパカッと、開けてひと舐めすると、私はそう聞いた。

「あ、うん。そーだ、今日な新しい物語、思い付いたんだっ!!あのな、“小さな花”ってゆータイトルなんだけどさぁ…」

そう言って、りぃくんは新しい物語について話始めた。
私も、りぃくんも物語が好きだ。
りぃくんは、文才があるからいつも、物語が思い付くとノートに書いて、それを私に読んで聞かせてくれる。
りぃくんの、書く物語はおもしろくて、温かいものばかりで、私はりぃくんの物語が大好きだった。
また、物語を読んでいるときや、物語について話している、りぃくんはとても楽しそうだった。

「じゃぁ、“小さな花”一章書き終わったら、また読んで聞かせてね。私、楽しみにしてるからっ!」

「あぁ、じぁオレそろそろ帰るな。」

「あ、うん。アイスありがとう。帰り気を付けてね。
あ、道路横切っちゃダメだよ?横断歩道ちゃんと、渡ってね。」

「わーてるって、んじゃな。明日も来るから。」

「うん。」

――りぃくんの、物語…早く聞きたいなぁ…。


りぃくんが、いなくなると病室は、また私一人になってしまった。

私は、両手を胸の前で、繋ぐと心の中で祈った。

――神様、お願いです。もし、願いが叶うなら…
もう一度だけ愛しい人の顔を見せてください。――

だって、私が最後に見た愛しい人の顔は、泣き顔で…私の心の中にいるあの人は、5年経っても8歳の幼い姿のままだから…――。

せめて、もう一度だけ…一瞬でもいい。
あの人の、13歳になって、笑っている姿が見られるなら。
一瞬でもいいから、お願いします……。

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