《MUMEI》

「山口くん、今日は良かったよ。」
「ありがとうございます。」

都内某スタジオ。
たった今、ある俳優の写真集の撮影が終わったところだった。
彼、山口貴明は、主に映画で活躍する俳優だ。五歳で子役デビューしてから、ずっと役者を続けている。
幼いころは天使のような顔立ちでうっていたが、役作りのために伸ばし始めた髭が、今ではすっかりトレードマークになってしまった。
そのストイックでありながら、どこか退廃的な魅力は、多くの人を引き付けて止まない。笑顔もあまり見せず、今回の写真集も真剣な眼差しの写真ばかりだ。
帰りじたくを始めていると、携帯が細かく震えだす。

「はい。山口です。」

とたんに、彼の目もとがそっと緩んだ。

「はい、今終わったところです。沢木さんこそ、お疲れ様です。」

心なしか、声も弾んでいるようだ。いつになく柔らかい雰囲気に、スタッフの一人が目を丸くして彼を見つめている。

「え、今夜ですか?あっと、いや、その、今日は龍彦たちと飲む約束してて。」

すみません。と残念そうに目を伏せる。

「え?明日は、休みですけど。・・・分かりました。じゃあ、帰りにお邪魔します。なるべく早く行くんで。はい。はい、それじゃあ。」

ピッとボタンを押して、電話をきる。同時に、整った顔は無表情に戻り、微笑みは嘘のように消えていった。
ただ、足早に立ち去る背中は、どこか弾んでいるようだった。

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