《MUMEI》

………。
しばらくして、祈るのを止めると私はひとりで苦笑した。

「あはは、バカみたい…。」

5年間、ずっと願ってた。
両目が見えるように、って。
でも、叶わない。
だけど、願わずにはいられないんだ。
だって、諦めてしまったら、一生…それこそ、ずっともう目が見えないままに、なってしまう気がして……。
恐いんだ。

―コンコンッ。

「ひなみ、入るよ?」

「お兄…、うん。」

ガラガラっと、音がした。
私は、手探りで近くにあったイスを見つけると、
ベットの隣に置いた。

「ありがとう。……、ひなみ調子はどう?」

「いつも通り、元気だよ♪」

「そっか、あっなんか食べたいものとか 、
欲しいものとかある?」

「んー、ないかな。さっき、りぃくんにアイス
もらったし。」

「じゃあ、なんかあったら言って?」

「うん。」

お兄は、いつも私に気を使ってくれる。
私が、困っているときもすぐに、助けてくれて……。
そんなお兄が、私は大好きだった。

「お兄、大丈夫なの?だって、そろそろ期末テスト
でしょう?」

「っうぐ、あはは〜。」

……。
大丈夫、じゃないんだ……。
お兄は、追い込まれたときや、嘘をつくとき苦笑いを
する。
だから、なにかとわかりやすい。

「でも、まぁ赤点じゃなきゃ、いいから〜。」

「もぉ〜、そんなんじゃ進学できないよ?」

「大丈夫だって。あ、そろそろ面会時間終わりだ。
じゃあ、また来るね。」

「あ、うん。」

「ねぇ、ひなみ…あのさ」

「じゃあね、お兄。」

「え、ああ。……、」

ねぇ、お兄…この時私は気づかなかったんだ。
お兄が、何かを言おうとしたことに。
お兄、ごめんね。
もし、この時何を言おうとしたお兄に気づいてたら、
私は……大切なひとを傷つけたりはしなかったのかもしれないね……。



―8月11日



私は、両目が見えない。
でも、だいたいの時間はわかる、ようになった。
朝になれば、小鳥たちがさえずりをする。
だから、その音で私は目覚める。
私の世界には、光はない。
だから、音と感触で生きていかなければ、ならない。
つまり、なにもかも手探りの状態なのだ。

「おはよう、ヒナちゃん。」

病室のドアが、開いた音がした。
そして、聞き慣れた声がする。

「――歌音さん、おはようございます。」

歌音さんとは、わたしの担当の看護師だ。
歌音さんは、私の事をよく“ヒナちゃん”と呼ぶ。

「ヒナちゃん、あとで一緒にお散歩行かない?
今日、晴天だから。」

「あ、はいっ。……、今日晴れてるんですね…。」

「えぇ、…大丈夫だからね、ヒナちゃん。
あなたの両目は、絶対見えるようになるわ。」

「はいっ…、そしたらお祝いに歌音さん、ケーキ作ってくれるんですよね?」

「えぇ、約束したもの。ほら、じゃあ着替えましょう?
今日は、くまさんのパジャマよ♪」

「えっ…、あ、あの私…一応中2ですよ?
くまさんは…」

「んじゃあ、うさぎさんかしら?ふふふ♪」

歌音さんは、私の姉のような存在だ。
だけど、……パジャマはいつもアニマルのものを
勧めてくるのだ…。
あはは…。

「か、歌音さん…私…どっちも、ちょっと……。」

「じゃあ、かえるさんね。」

「いゃ、あの…だか…」

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