《MUMEI》

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その日以来毎日のように、マスク女は同じ場所で俺の帰りを待っている。雨の日だろうが風の日だろうがお構いなしで、野ざらしのまま突っ立っている。

さらには俺とマブダチになれたと勘違いしたのか、最近は色々な要求をしてくる。要求といってもこの映画を見たい、あのカフェに言ってみたいなど、普通の女子が言うようなことばかりだが。
もとはと言えば、このプリクラもマスク女が撮ってみたいと無邪気に言い出したのだ。

俺の話を聞いて、かわいいじゃない、と憂は無表情なまま言った。

「まるでノラ猫になつかれたような感じね」

「ノラ猫ならともかく、ヤツは人間かどうかも怪しいんだぞ」

げっそりしながら訂正した時、ふと憂が何かに気づいたような顔をした。

「ところでさっきからあなたの携帯が鳴っているような気がするのだけど?」

俺のポケットに入っている携帯がひっきりなしにブルブル震えていることを指摘してくる。

「ああ、いいんだ。相手はわかってる」

どうせアイツからのしょうもない電話だ。

俺の返答に対しそれ以上追及はせず、彼女は涼やかな瞳で俺を見つめ返し首をかしげた。

「どうしてあなたはそんな特殊な体験ができるのかしら?」

俺は、わからん、と素っ気なく答える。

「ガキの頃からずっとだからな。何でかなんて考えたこともない」

「やっぱり住職の息子だからかしら?」

「それは関係ないだろ、たぶん。つーか、それが理由なら今すぐ親と縁を切る」

「あら、素晴らしい才能じゃない。もっと喜びなさいよ」

「他人事だと思って…」

ちょうどその時チャイムが鳴った。憂はそれを合図にしたかのように、急にそっぽを向いて何も言わず俺の席から離れていった。俺も特に彼女に声をかけなかった。

憂から解放されて一息ついていると、背後に視線を感じた。イヤな予感。それとなく見てみるとクラスの男どもがこちらをしきりに気にしているようだった。たぶん憂と何を話していたのか気になるのだろう。彼女がクラスの誰かと話すのは珍しいからだ。

いや、それよりも。

男どもの後ろにいるヤツの方が俺には断然気にかかる。

女の子だった。ボロボロの服を着て、青白い顔でこちらを見つめている。ちなみに頭から血がドバドバ流れ出ていた。よく見ると唇が微かに動いている。

『痛いよ、たすけて』

女の子は苦悶の表情でそう言っていた。


病院行け、ここは学校だ。基本的なユーティリティが違うぞ。


心の中で突っ込むと、女の子にそれが伝わったのか不服そうにチッと舌打ちして風のように消えた。なんだその態度は、二度と出てくんなよ。

女の子が消えたそこから目を逸らし、俺は人知れずため息をついた。



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