《MUMEI》

任せて下さい、と根拠がないソレに笑みを浮かべる雨月
それ以上何を返す事もせず、唯頷いて返すしかない
そのまままた歩きだす雨月へ、何所へ行くのかを問うてみれば
「いえ。折角外に出たんですから。またその辺りをぶらついて帰ろうかと」
しっかりと桜井の手を取ったまま、
雨月は人通りの多い表通りへ
唐突に引かれ、その弾みで手に持ったままのラムネのビンが
中のビー玉を弾ませ、カランと小高い音を立てた
「奇麗な、音ですね。雨が降る時の音によく似ている」
「……雨の音って、こんな音なの?」
「ええ。涼しげで、透明な。こんな音なんです」
雨月は微笑を浮かべながらまたビンを揺らして見せる
その度にビー玉は揺れ、音が鳴る
チリン、チリン
まるで風鈴の様なソレに、桜井はつい聞きいってしまう
「こんな綺麗な音で降ってくれるなら、やっぱり雨も悪くないね」
「アナタにそう言って戴けると、私も嬉しいです」
向けてくるノは、満面の笑み
ハルにしろ雨月にしろその心根が純粋過ぎて
桜井はどう返していいのか、困惑してしまうばかりだ
「雨、止まないね」
「そうですね」
「……そろそろ、帰ろっか」
ハルが心配しているかもしれないから、と
その旨を伝えてやると、雨月は残念そうに肩を竦めながら
「……そう、ですね。私としてはもう少し、あなたと二人きりで居たいんですが……」
不意打ちの様なソレと向けられる微笑に桜井は返す言葉を失い
顔を赤く染め、あからさまに逸らしてしまっていた
「すいません。少し、揶揄い過ぎてしまった様ですね」
「少しじゃない!心臓に悪い!しかも何となくやらしい!」
「そ、そうですか?」
さも意外そうな顔をしてみせる雨月へ
桜井は軽く睨みつけてやると、僅かに不手腐った様な表情を浮かべて見せ
そしてどうしたのか、唐突に傘の外へ出た
「歩さん!傘は!?」
「いらない!」
慌てる雨月を無視し、桜井は小降りになった雨の中を一人歩く
すっかり濡れてしまった全身
途中、雨宿りに丁度いい軒先を見つけ、そこへと駆け込んでいた
「……私、何やってんだろ」
アレ程にまで同様してしまった自身が情けなくて
つい逃げ出してしまった事に、自己嫌悪を覚えるばかりだ
「……雨月に、悪いことしちゃったかな」
「いいえ。私の方こそ揶揄い過ぎてしまってすいませんでした」
独り言のつもりで呟いたそれに返ってきた声
驚き、そちらへと向いて見れば
反省しているのか、僅かばかり困った様な雨月が立っていた
「……雨月」
「そろそろ、帰りましょう。歩さん」
ハルが心配しているだろうからと同じ言葉を返され
手を差し出され、おまけにと満面の笑みを向けられる
どうぞ、と促され手を取って見ればその瞬間何故か引き寄せられていた
「な、何!?」
「手をつないで歩くくらいは、いいでしょう?」
他には何もしないから、との雨月へ
穏やかな笑みを向けられてしまえばそれ以上何をp返す事も出来ず
桜井は俯いてしまう
ソレを諾と受け取ったのか、雨月はそのまま歩く事を始めていた
「すっかり、濡れてしまいましたね」
「……誰のせいよ」
「もしかして、私の所為ですか?」
「何でそこで疑問形な訳?当然でしょ!」
首を傾げて見せる雨月へ
耐えきれず喚く事をしてしまった桜井
どうにも止まらない様子のソレに雨月は困った風な顔で
だがすぐに何かを思い付いたのか、桜井の手をまた懲りずに取っていた
「な、何!?」
突然に走り出したかと思えば、行き付いた先は近くの公園
其処にあるジャングルジムの頂上へと連れていかれていた
行き成り何をするのかと文句を言い掛けて
「歩さん、上を」
徐に空を指差した雨月
その方向へ、釣られて桜井も視線を向けて見れば
「……虹だ」
淡く空を彩る虹が其処にあった
ジャングルジムに上っている事も手伝ってか視界がいつもよりソレに近い気がして
無意識に手を伸ばす
「触って、みたいですか?」
「え?」
触れる筈はない、と驚いた表情をしてみせる桜井
その桜井の様子に雨月は僅かに笑みを浮かべて見せると
ゆるり虹へと指先を伸ばしていた
その雨月の指が触れた途端
虹は細い糸の様な形状へとその姿を換え、雨月の周りをふわり漂い始めていた

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