《MUMEI》

 「恋神様、恋神様。どうか、私の恋をかなえて下さい」
翌日、仕事も終わりソコを訪れた夕方
境内へと階段を登りきった処で、切実に願う様な声が聞こえてきた
懸命に恋愛成就を願うその人物を、気付かれない用暫く眺め見
漸く退いたのを見計らってから、三原は少女がいるだろう社務所の戸を叩く
「ようこそお参り下さいました。……って、昨日の!」
「これ、持って来たんだけど」
書いた絵馬を差し出してやれば
相手はさも嬉しそうな、満面の笑みを浮かべて見せた
「有難う御座います!すぐ下げてきます!」
受け取るなり、草履を突っ掛け駆け出そうとする
慌ててしまっていて見るからにもつれてしまっている脚元
頃日はしないかと様子を伺っていると案の定
自らの足にもう一方の脚を引っ掛けてしまい、体制を崩してしまう
「わっ……!」
短い悲鳴を聞いた、その瞬間
三原は反射的に手を伸ばし、相手の身体を抱き抱えてやる
「足元、気を付けろ。転ぶぞ」
「ご、ごめんなさい……」
心底申し訳なさげに頭を下げられてしまえば
何となく悪い事をしている様な気になってしまい
三原もバツが悪そうに髪を掻いて乱すばかりだった
「……別に怒った訳じゃねぇから」
長く続く沈黙に耐え兼ねたのは三原
そんな顔してくれるな、と言ってやれば小さく頷く
「じゃ、そいつも渡したし、俺帰るわ」
手を後ろ手に振りながら踵を返す三原
歩き始めた三原の後ろを、相手が小走りに追い
シャツの裾を、掴み上げてくる
「ん?」
その僅かな引きに立ち止まり、後を振り向けば
何故か顔も赤く俯いてしまっている相手の姿があった
暫く、そのままで居ると
「お茶、飲んでいきませんか?」
との誘い
突然のソレに、だが三原はすぐに頷いて返していた
相手の顔が、途端に明るくなる
「じゃ、じゃあ、すぐ淹れてきます!」
座って待っててくれ、とまた小走りに社務所へ
転びはしないかと後姿を暫く見送りながら
やはり躓いてしまった様に、三原は僅かに肩を揺らした
「何、やってんだか」
到底、自分らしくない事をしている、と
相手の言葉通り、依然と同じように縁側へと腰をおろしてやりながらそんな事を思う
「男の参拝客とは、珍しいな」
暫くぼんやり其処に座っていると
背後から微かな足音が聞こえてくる
何気なく向いて直って見れば其処に、一人の老人が立っていた
突然のソレに僅かに驚いてしまう三原
そんな三原の様子を気に掛ける事もしないまま
その老人は三原の傍らへと腰を下ろしてくる
「……成程。ここ数日稔の奴の様子がおかしいと思ったが。そうか、そういう事か……」
「は?」
何の事か、問うて返そうとした三原へ
だが老人は何を答えて返そうとはせず、少女が落としていったらしい三原の絵馬を徐に拾いあげ
やれやれと肩を落としながら、それを下げに縁側を降りた
「お客人。まぁ何もないところですがゆっくりして行きなされ。あれの事、宜しく頼みますぞ」
絵馬を下げる事を終えると、三原へと一礼し老人はその場を後にし離れの方へ
一体、何を頼むと言うのか
三原がつい訝し気な顔をしながらそちらを眺めてしまえば
「どうか、したんですか?」
丁度、相手が茶を持って戻ってきた
どうしたのかを改めて問われ
だが三原はつい先程の事を相手に問い質して見ても仕方がないだろうと
一言何でもないを返す
「いい匂いだな。」
「は、はい!ほうじ茶です。お茶菓子もどうぞです」
「どーも」
出されたのは黒蜜と酢醤油、二種類のところてん
目の前に並べられたソレを、だが三原は取る事はせず
「俺はどっちでもいいから。お前、好きな方取りな」
先に選ばせてやる事に
暫くその二つを眺めながら、だがどちらとも選べなかったのか
「……半分こ、しませんか?」
との提案が
瞬間、虚を突かれた三原だったが、すぐに肩を揺らし
ソレでいいから、と承諾してやっていた
「どっちも、美味いもんな」
両方食べたかったのだろう事をさりげなく示唆してやれば
図星だったらしく顔を真っ赤に慌てる事を始めてしまう
「どうした?」
慌てているその理由が分からず、顔を覗き込んでやれば
間近に寄る三原の顔に、相手は更に慌ててしまい

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