《MUMEI》

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それから憂は自分がどれだけ心霊現象の体験を渇望しているかを熱く語った上で、しつこく父親に紹介するよう頼んできた。

「一度だけでいいの、お願い。絶対に迷惑かけないから、ね?」

彼女の要求を適当にかわしながら、俺は他のことに気を取られていた。教室の窓の方へチラッと視線を送る。

窓ガラスの向こう側に髪の長い女がいるのに気がついた。女は教室の方へ身体を向けていて、静かに手招きしている。誰かを呼んでいるように。
ちなみに俺達がいる教室は校舎の3階にあるので、すなわちその女は人間ではない。

そのことに憂が気づくはずもなく、俺に話しかけ続ける。

「お願い、紹介して」

「ムリ、親父忙しいし」

「5分でいいの、お父様に頼んでみて」

「だからムリだって」

そんな押し問答を繰り返しているとクラスの女の子が黒板消しを2つ手に持って、窓辺へ近寄っていくのが見えた。しかもあの女がいる窓だ。そうか、アイツはあの子を呼んでたんだ。

クラスメイトには女の姿がやはり見えていないようで、怖がることなく窓を開けた。黒板消しを両手で持つと外へ腕をつき出し、パンパンとはたき出した。白い粉がもくもくと宙を舞う。

その目の前で女は暗い目でじっとクラスメイトの様子を窺っている。嫌な予感がした。

俺は黙って席を立ち、女とクラスメイトがいる窓辺へ歩み寄った。憂が背後から、話はまだ終わってない!と文句を言ってきたが無視する。それどころではない。

クラスメイトは徐々に距離をつめる俺に気づかない。黒板消しの粉をはたくのに夢中になっている。

一方、窓の外の女は俺に気がついたのか、一度顔をあげ俺と目を合わせるとニタァ…と不気味に笑った。その余裕の態度にちょっとムカついて、クラスメイトに駆け寄った。


―――次の瞬間、


女がいきなりクラスメイトの腕をつかんで引っ張った。クラスメイトの上体が窓枠から外へ出てしまう。窓から引きずり落とすつもりのようだ。

それと同じくして窓辺にたどり着いた俺は、クラスメイトの両肩をつかみ教室の方へ思いきり引き上げた。女は図らずも物凄い馬鹿力だ。クソ、そうはさせるか。

当のクラスメイトは両方からかかる力に驚き、悲鳴をあげる。黒板消しが窓の下へ落ちていく。彼女自身両足を踏ん張り、空いた手で窓枠をつかみ、落ちまいと必死になった。

他のクラスメイト達はこの異常な事態にようやく気づき、教室中が一気にざわめく。何人かの生徒が俺に加担してくれた。
もちろん女の姿が見えていないので、みんなの目にはクラスメイトが窓から落ちそうになっているのを俺が必死に引き上げようとしている風に映っただろう。と、これは俺の勝手な想像だが。



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