《MUMEI》

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みんなが邪魔したことで女は諦めたようだった。クラスメイトの腕を放し、窓からふっと距離を取る。解放されたクラスメイトは勢い余って教室の床に転げた。俺と他の生徒も一緒に尻餅をつく。したたか腰を打ったが大したことは無いだろう。俺は腰をさすりながら、顔をあげ女を確認する。

窓の向こう側で、女は忌々しそうに俺を睨み、低い声で呟いた。


『死ねばよかったのに』


―――ふざけんな、バカ。関係ない人を巻き込むんじゃねぇ。

女に対し心の中で呪詛を吐く。しかし女はすました顔で俺から目を逸らすと、スッと音もなく消えた。

そのあとが大変だった。

落ちそうになったクラスメイトはパニックで泣きわめくし、他の生徒達は事故を未然に防げたことに興奮して騒ぎ立てていた。そしていち早く危険を察知して助けようとしていた俺は、ホントは突き落とそうとしていたのではないかと在らぬ疑いまでかけられたのだった。

このことはもちろん教師の耳にも入り、俺は放課後、職員室に呼び出しをくらったのだが当のクラスメイトによる証言の食い違いと証拠不十分で無事釈放されたのだった。


ヤツラに関わると面倒なことになる。それを自ら破ったのだからしかたないが、何だか腑に落ちない。


少しイラつきながら職員室から教室へ戻った。放課後なのでもうだれもいないだろうと思っていたら、憂がいた。クラスメイトが転落しそうになったあの窓辺に立ち、外を眺めている。

俺が戻った気配に気づいたようで、憂がゆっくり振り返った。夕陽による逆光で顔はよく見えなかった。

俺は彼女に声をかけず、黙って自分の席へ向かい、鞄を手にした。今は誰とも言葉を交わす気にはならない。

そのとき、


「…聞こえたわ」


凛とした声が教室に響く。俺は顔をあげて憂を見た。彼女はこちらを見つめているようだった。目が合ったまま続ける。

「あの子が助かったとき、聞こえたの…女の人の声が。あなた、気づいていたのでしょう?『誰か』が窓の外にいることを」

俺は何も答えなかった。頷くことすらしなかった。教室を沈黙が覆う。


どのくらいそうしていたのか。


不意に憂が微笑んだ、ように見えた。彼女がそんな表情を浮かべたのは、初めてだった。

帰りましょうか、と彼女が言った。俺達は並んで夕陽に染まる教室を出た。



それから憂は俺につきまとってくるようになった。俺の能力に偶然気がついた、あの日以来ずっと。


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