《MUMEI》

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俺は未だにロッカーを足蹴にしている憂へ近寄り、ポンッとその肩を叩いた。

「代わるよ」

声をかけると憂は素直に頷き、身を退いた。

「お願いするわ、なかなか閉まらないのよ」

俺はロッカーの前にしゃがみこみ、扉とロッカーの間に挟まっている『モノ』を指でつまんだ。


それは、

ちっちゃいおじさんだった。


おじさんは親指くらいの背丈しかなかった。上半身は裸で真っ白なふんどしを身に付けている。何度も扉に挟まれたためか、肌はところどころ赤くなっておりそれがまた痛々しい。

ちっちゃいおじさんは俺の顔を見ると心底安心したような顔をした。

『た、助かった…』

容貌にそぐわない高い声だった。まるでボイスチェンジャーを使ったような不自然さがあるが、たぶんそれは、おじさんがちっちゃいせいだろう。一連のナゾの声はこのおじさんのものに間違いない。

ロッカーが閉まらなかったのは立て付けが悪かったわけではなく、このちっちゃいおじさんが扉の隙間に挟まっていたからだった。おじさんは恐らくこの部屋のヌシであり、ずっと棲みついていたのだろう。

ちっちゃいおじさんは涙で潤んだ瞳で俺を見上げた。

『いやぁ、ありがとう!もう少しで殺されるところだったよっ!』

その時、

「どうかしたの?」

近くで様子を見守っていた憂が、俺の手元をひょいと覗き込んだ。その角度的に俺がつまんでいるちっちゃいおじさんの姿がバッチリ見えるはずだが、顔色を変えないあたり彼女には見えていないようだ。全く羨ましい限りである。

一方ちっちゃいおじさんは憂の顔を見て、途端に表情を険しくした。

『こらぁ、君ィ!もうちょっとで大惨事になるところだったんだぞっ!!』

甲高い声で喚き散らすが、当の憂は素知らぬ顔であっさり無視する。どうやらちっちゃいおじさんの声も聞こえないらしい。

『おいおいっ!殺そうとしておいてシカトなんてどういうことだ!絶対許さないぞっ!』

反省の色がない彼女の態度に腹が立ったようで、ちっちゃいおじさんはジタバタ暴れる。そろそろ面倒になってきた。

俺は黙ってちっちゃいおじさんをロッカーの中へ放り込んだ。ちっちゃいおじさんは『痛っ!!』と短い悲鳴をあげて、奥の方へ転がって消えた。それを確認しすかさず扉を閉める。今度はきちんと閉めることができた。やっと静かになる。

「あら、ちゃんと閉まったわね?」

俺の背後で憂が呑気に呟いた。振り返って見ると不思議そうな顔をしている。

「どうやって閉めたの?」

尋ねてくる憂を見上げて俺は、これを閉めるにはちょっとしたコツがあるのだ、と答えて誤魔化して立ち上がる。開けっ放しだった窓辺に寄りかかり、まだ解せない顔をしている彼女に笑いかけた。

「…確かに『怪奇倶楽部』の部室にはちょうどいいかもな」

予想外のちっちゃいおじさんとの遭遇で、彼女の第一声を俺もほんの少し理解できた気がする。意外と彼女にはセンスがあるのかもしれない。

俺の台詞に憂はますます意味がわからなくなったようで、しきりに首をかしげていた。



斯くして憂が思いつきで立ち上げた『怪奇倶楽部』は、ちっちゃいおじさんが棲みつくこの部屋を拠点として無事に活動を始めることになった。



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