《MUMEI》

同時に感じる違和感に、そちらを向いて見れば
「……っ!」
見えたソレに、井原は言葉を失ってしまった
見ているのは自身の腕の筈
だが、それがどうしてか白骨と化してしまっている
「あの、ババア……」
段々と酷くなっていく痛みと、すっかり剥き出しになってしまった骨
井原は派手に舌を打ち、だがそのまま踵を返すと自宅を出ていた
唐突に出掛けた先は知人が住職を務める寺だった
「……珍しいな。お前がウチに来るなんて」
「別に来たくて来たんじゃねぇよ」
「だろうな。で?何しに来たんだよ?」
理由をさっさと話してみろ、と急かされ
だが井原は何を言って返すよりも先に、着物の左袖をたくし上げてみせた
「……随分と面白い事になってんな。お前」
一体何位があったのか
普段、あまり人に干渉することを好まない相手も流石に聞かずには居られなかったらしい
「……お前、これどうにか出来ねぇか?」
「馬鹿か、お前!俺は単なる坊主だぞ。出来る訳ねぇだろうが!」
「そこ、何とか根性で」
「無茶言うな!大体、何をどうしたらそんな有様になんだよ!?」
井原の有り得ない様にすっかり動揺し始めてしまった相手
訳が分からない、などと喚く様子を暫く眺め
漸く落ち着いた相手へ、取り敢えず座る様促してやった
「落ち着いたか?李桂」
当の本人が宥めてやるという逆の状況。そして一応、頷いて返してきた李桂
徐に井原の左腕の袖をたくし上げてきた
「で?何をどうしたらこんな有様になる?」
説明してみろ、と問い詰められ
だが井原自身、現状把握が出来ているわけではなく返答に困ってしまう
「……屍担いで売り回ってる婆、見たことあるか?」
「はぁ?」
漸く説明するに当てはまる事柄を問う形で向けてやれば
耳に馴染みのないソレに、李桂は当然に怪訝な顔だ
「テメェも物好きになったモンだな」
「……好きで首突っ込んでんじゃねぇんだがな」
「だろうな、お前の性格からして。で?その婆さんがどうしたって?」
一応は聞いてくれる気があるのか
先を促され井原は話す事を始める
屍をその老婆に押しつけられた事、その屍が動き始めた事
更にはその屍に自らが狙われているという事
荒方を話し終えれば、益々解らなくなったのか
李桂は更に複雑な顔をしてみせた
「……悪い。全く理解出来ん」
聞き終わり、暫くの間の後
散々溜めに溜めて変えてきた答え
悪い意味で期待を裏切ってくれた李桂へ
井原はあからさまに溜息をついて見せた
次の瞬間
本堂の引き戸が勢いよく開く音
何事かとそちらへと向いて直って見ればあの少女が立っていて
唯、何を言う事も無く土足でそこへと上がり込むと
骨と化した井原の左腕を徐に掴み上げていた
「……私の、死に体なのに」
表情が無いとばかり思っていたその顔に
明らかに浮かぶ怒の感情
「誰がテメェのだ。誰が」
勝手に所有物にされている事に異を唱えてやれば
だが少女は何を返す事もせず、唐突に井原を引き寄せた
そして、重なってくる唇
さして驚く事もせず、井原はされるがままだ
「婆のモノに、なりたいの?」
「冗談」
「なら、私のモノになって」
「何で?」
「……私は、死に体だから」
相も変わらずその言葉を理解する事は出来ない
だが不器用に求められ、伸ばされたその手を
井原は振り払う事など出来なかった
「……私は、しにたい」
怒りばかりだった表情が一転、何かを売れる様なソレへと変わり
井原を抱くその腕に更に力が籠る
一体、どうしたいのか、自身に何を求めているのか
ソレが、まるで分らない
「多少なり、聞いてもいいか?」
「……何?」
突然の井原からの問いに、訝しげな表情をしてみせる相手
首を傾げられ、井原は息を一つ吐くと、問う事を始める
「……そもそも、死に体ってのは一体何なんだ?」
今更すぎる質問
だがこれを理解していなければ、何の進展も望めない様な気がして
そんな井原へ、相手はゆるり、抑揚無しに語り始めていた
「……死に体は、空の器。そして、ヒトのなれの果て」
「は?」
「……人が強欲に生を求める限り、ソレは変わらない」
「何だよ、それ」
怪訝な顔で問う事をしてやれば、少女は徐に手を井原の頬へと伸ばしながら

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