《MUMEI》 「ささ、主殿。いっそ一思いに」 「……何でテメェが埋まろうとしてんだよ?」 「何事も感情移入から。まずは人参の気持になってみようと思ってな」 「そいつは殊勝な考えだな」 そのまま土深くまで埋めてやろうかなどと僅かに芽生えた殺意 だが何とかそれを堪え、九重はくさを其処から引っこ抜いてやる 「何をする!主殿!」 「馬鹿か。テメェが其処に埋まってたんじゃ種植えらんねぇだろうが!」 「おお!そうか!」 気付かなかった、と手を打ち鳴らすくさへ 僅かだったその殺意が、自身の内で増した様な気がした 取り敢えずこれ以上続けると疲れる一方だ、と 九重は人参の種を其処へと手早く巻いていた 「……さっさと水撒け」 「うむ。では」 態々堅苦しい口調で水を撒き始めるくさ 背筋を正し、真剣な面持ちで水やりをする草の背後へ 不意に、二つの影が現れる 咲とさくら 懸命に水を撒くくさを突然に抱きすくめると 人形を抱きしめる時の様に強く抱きしめる 「さ、さくら殿!離してくれ!咲殿!花だけは頭の花だけは!」 やはり頭上に咲く花が気になるのか 引っこ抜こうとする子供達へ それだけは何とか死守しようとくさは必死の形相だ 「主殿!奥方!たーすーけーてー!」 叫ぶくさに、暫く傍観を決め込んでいた九重だったが このままにしておくのも気の毒に思ったのか 子供達を宥めてやりながらくさを解放してやった 「ふー。助かったぞ、主殿」 「……礼なんていらんから、さっさと水撒け」 「あとは此処に撒けば終わりだぞ。主殿、このじょうろに水をくれ!」 空になってしまった、とじょうろを出してくるくさ 九重は眉間に微かな皺を寄せながら、だが水は汲んで来てやった 「大きくなるのだぞ」 語りかけてやりながら水を撒くくさ 土をと暫く睨みあいをした後 「……主殿、腹が減ったぞ!」 くさが、口火を切った 腹が減ったと改めて訴えられ 九重は溜息を付きながら鈴へと頼む事をすれば 「すぐ用意しますね」 鈴は楽しげに笑う声を漏らしながら、台所へと入っていった 「奥方、手数をかけるな」 その鈴の背へ、偉そうなくさの物言い 九重は眉間に明らかな皺をよせ、くさの頭の花を掴み上げてやる 「何でテメェはそんな偉そうなんだよ?」 「そ、そんな事はないぞ!主殿!我程謙虚な生き物は居ないと自負しているんだ!」 「……どの口が言ってんだよ」 「この口だ」 態々口を尖らせ見せつけてくるくさ 更に九重は苛立ちを覚え このままではくさを捨てかねない、とくさを近くあった植木鉢へと埋めてやった 「主殿、これは何のまじないだ?」 身動きが取れない、との訴えに だが九重は答えて返す事はせず、そのまま食卓へと突っ伏してしまう 「……智一さん?」 鈴にも同じく不思議そうな顔を向けられ 九重は顔をゆるり上げると、鈴の耳元へ唇を寄せてやった 「……別に、意味は無ぇんだ」 唯、何となくしてしまっただけであって 何か意味する処はない 「むむ!」 だがくさは、この行為に何らかの意味があると考えたのか 土に埋まったまま、腕組みで考え始めてしまう 意味など、有るわけない 唯腹いせにしてしまったでけなのだ、とは最早言えない 「……好きな様に解釈してくれ」 説明するのすら億劫な様で 卓上へと突っ伏してしまっていた 「鈴」 暫く浮上出来ないまま突っ伏していた九重だったが 徐に妻の名を呼んでみる 「何ですか?」 顔を覗き込んできた鈴へ だが九重は名にを返してやる事もなく、唯鈴の長い髪を指先で梳き始めた 突然の亭主の行動に小首をかしげてしまえば 「……俺の癒し、だからな」 「え?」 「いや、こっちの話」 らしくない事をし、そして言っているとつい苦笑を浮かべる その九重の様子に、口しか動かせるものが無くなってしまった草くさが黙っている訳もなく 「……顔が赤いぞ。主殿」 「うるせぇよ」 突っ込まれた事に対してのいい反論が見つからず 九重はまたかを突っ伏して伏せてしまった 「主殿は、シャイなのだな」 顔を伏せたまま動かずにいると、微かに笑みを含んだ様な声が聞こえてきた 前へ |次へ |
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