《MUMEI》
ゴリラと天使
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ちょうどその時、彼女の手の中で携帯が再び鳴り出した。アイツからの着信である。

「…しつこい人ね」

鬱陶しそうに俺の携帯を睨んだ。携帯はまだ鳴っている。その時俺は面白いことを思いついた。

携帯を眺めている沢井に、ねぇ、と声をかける。

「電話、代わりに出てくれない?」

沢井は眉をひそめる。

「どうしてわたしが出なきゃならないのよ?」

俺は困ったような表情を作った。

「あれだけしつこく、ひっきりなしにかけてきてるんだ。もしかしたら大切な用件かもしれないからね」

だったらあなたが出なさいよ、と彼女が言ってくる前に、

「没収されたから俺は先生に然るべき手続きを取って返してもらうまで携帯に触ることはできない。でも電話は重要なもので取ってもらわなきゃ困る。だから代わりに君が出てくれ」

理屈になってるか自分でも定かではないが、とにかく一息で捲し立てた。沢井は少し考え込んだようだがそのうち、わかったわ、とため息まじりに頷く。

「風紀委員として困っている人は放っとけないもの」

やたら使命感に燃えたその言い方が先日の憂の発言に被るような気がして、やっぱり沢井も変人なのかもと思ったことはもちろん黙っていた。

頼むよ、と俺が言うと彼女はもう一度頷きそして、

「もしもし?」

気取った声で、まんまとアイツからの電話に出た。つい吹いて笑いそうになる。

「初めまして。わたし風紀委員の…え?何ですか?いや…あ、あの…あ、あああなたもしかして…ちょ、ちょっと…もしもし?もしもしっ!?」

彼女は携帯を耳に当て呆然としている。どうやら話は終わったようだ。アイツの電話はいつも短い。顔が真っ青だった。笑える。
俺は笑いをこらえて、何て言ってた?と尋ねた。

沢井は呆けたままこちらへ顔を向ける。

「意味がわからないの…今、後ろにいるとか言って…」

「それじゃ、君の後ろにいるんじゃないか?」

ふざけてそんなことを言うと彼女は慌てて背後を振り返った。しかし誰もいない。

「からかわないでよっ!!」

振り向きざま彼女は金切り声で叫ぶ。俺は、からかってないよと淡々と答えた。

「アイツがそう言ったなら、たぶん本当にいるんだ」

「誰もいないじゃない!」

自分の背後を指差して沢井はまた叫んだ。俺は視線を彼女の後方へ流す。確かに誰もいない。

「冗談だ、君の後ろじゃないよ。安心して」

俺はそう答えて、肩越しに少しだけ振り返る。



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