《MUMEI》

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俺は彼女を見据えて、ゆっくり言葉を紡ぐ。

「こんなものを一方的に送りつけて、よくそんな偉そうなこと言えるよな。それこそ君の方が頭がおかしいんじゃないか?」

俺は一歩沢井に近づいた。彼女は顔を青くする。しきりにいろんな方向へ視線を泳がせていた。混乱しているようだ。よし、もう少し追いつめよう。

真相の核心に迫るため、俺はもう一歩前に踏み出し続けた。

「君の目的は何だ?工藤君の彼女に当て付けてるのか?それとも他に何か恨みが」

あるのか?と尋ねる前に、

沢井の拳が俺の顔にクリーンヒットした。思いきり油断していたのでまともにくらう。あまりの痛みにその場にうずくまった。ゴリラ並みの馬鹿力だ。もちろんゴリラに殴られた経験はないが、それくらいの破壊力を持っているに違いなかった。

背後でアイツが悲鳴をあげるも、俺以外のヤツに聞こえるはずもない。

「それ以上近寄ったら殴るわよ!」

既に殴ってしまってから沢井はそんなことを吐き捨てた。アイツの姿は見えないはずだが、一度だけ俺の背後へ視線を送ると瞬時に顔を背けて、慌てて校舎裏から逃げていった。彼女の軽い足音が遠退いていく。


俺が振り返った時にはもう沢井の姿はなかった。隣のクラスの知り合いから植え付けられた沢井に対するお嬢様のイメージが俺の中で完全に崩れ去る。詐欺だ。

赤くなった頬をさすっていると、背後にいたアイツが、予期せぬ修羅場に戸惑いながらも俺にハンカチを差し出してくれた。不覚にも泣きそうになった。今までシカトしてすまん、と心の中で詫びる。
ハンカチは洗濯してから返すと申し出るとアイツは返さなくていいと答え、朗らかに微笑んだ。天使のようだった。


そのあと、アイツは他にも行くところがあるからと言って俺から離れてどこかへ消えた。俺以外にも付きまとっているヤツがたくさんいるらしい。そう考えるとちょっと面白くない。

俺はハンカチを頬にあて、のろのろと立ち上がると投げ捨てられた携帯を拾いやさぐれた気持ちを抱えて教室へ戻った。散々だ。



「その顔どうしたの?」

教室に入るなり、目ざとく憂が俺の赤くなった頬を指摘する。説明が面倒だった俺は肩をすくめた。

「お嬢様の皮をかぶったゴリラとケンカしたんだ」

適当に答えると憂は驚いたような顔をした。

「ゴリラとケンカしたなんて聞いたことがないわ」

「俺も相手がゴリラだったなんて思わなかったんだ。油断していたよ」

「それよりそのハンカチは誰のものなの?」

俺は持っていたハンカチを見つめて、それから憂を見た。


「天使のような不気味なヤツからもらったんだ」


見かけで判断してはならない。

今日の一件で俺はその言葉を身を以て教えられたのだった。

俺の返事に憂はさっぱりわからないというふうに首をかしげていた。



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