《MUMEI》
桜の木の下
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その姿を見て、マスク女は血相を変え彼に駆け寄った。やはり物凄い速さで。

「すぐ戻るから待っててって言ったでしょう!?ひとりで歩いたら危ないわ!」

男の身体を支えながら、少し怒ったような声で女が言うと、彼は在らぬ方を見上げて申し訳なさそうに答えた。

「スミヨさんが男の人と楽しそうに話しているのが聞こえて、気になってつい…」

男の人、というのは俺のことだろうか。そしてこのマスク女は『スミヨ』っていうのか。
それよりもこの展開は何なんだ。全く読めない。憂も俺と同じ心境のようで少し困惑した顔をしている。

そんな外野は完全に無視して、マスク女は、バカねぇ…と呟き優しい目で男を見つめる。

「ただの友達よ」

「そうだったのか、誤解するところだったよ」

「心配性なんだから」

「仕方ないだろ、スミヨさんは魅力的だからさ」

何だか甘い空気が漂ってきたので、俺は取り合えずマスク女に、スミヨさん、と呼びかけてみた。案の定彼女は、何?と振り向く。やっぱりこの女はスミヨという名前らしい。いや、そんなことはどうでもいい。

俺は素朴な疑問を投げた。

「その男性は一体誰なのかな?」

マスク女は、ああ!と声をあげて嬉しそうな顔をする。

「紹介してなかったわね、あたしの彼氏よ」

予想外の言葉に俺はびっくりして言葉をなくす。それは憂も同じだったようだ。彼氏という男は俺達がいる場所とは違う方へ、初めましてと頭を下げている。

マスク女、もといスミヨは二人の馴れ初めを勝手に話したのだが、気が動転していたので詳しいことはよく覚えていない。
ただ彼氏が出来たので、俺を待ち伏せする必要がなくなったのだということは理解できた。

話を聞いて俺が、良かったね、とようやく言うとスミヨは幸せそうに頷いた。何だか胸がほっこりする。


その時、


「…あら?」

何かに気づいたのか、突然スミヨが声をあげた。そして忌々しそうな顔をする。

「またいるわ…」

呻くようにそう言い、舌打ちまでした。
一体どうしたのか尋ねると、前方に向かってスミヨは黙ったまま顎でしゃくって見せた。俺と憂はそちらを見遣る。



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