《MUMEI》

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そこには一際大きい満開の桜の木がそびえ立っていた。さっきから散っている花びらは、どうやらあの木に咲いていたもののようだ。

―――その木の下に、

女がひとり佇んでいる。


真っ白なワンピースを着て、腰まである長い髪を時おり風になびかせながら、その女は物憂げな表情で遠くをじっと見つめていた。嫌な予感がする。

不意にその女がこちらへ顔を向けようとしたので、俺は反射的に俯く。なぜかわからないが、本能的にあの女と目を合わせてはいけない気がした。

隣で憂が囁く。

「…あの桜がどうかしたの?」

彼女には女の姿が見えないらしい。俺は何も答えなかった。

スミヨが言う。

「あの女には近寄らない方がいいわ。男にとり憑いて苦しめるっていう噂よ」

気をつけてね、と忠告される。マスク女であるスミヨにそんなことを言われるのも変な感じだが取り合えずここは素直に頷いておく。

話振りからどうやらスミヨはあの桜の木の女を敵視しているらしい。あの女に嫌なことでもされたのかと尋ねると、スミヨは感じ悪く鼻を鳴らした。

「やることが陰気くさいのよ、あいつ」

そんなふうに毒づいた。彼女達にも反りが合う、合わないがあるようだ。

スミヨは続けた。

「最近、若い男の子に目をつけたみたいよ…ちょうど灰谷君達と同じくらいじゃないかしら?この前、並んで歩いているのを偶然見かけたの。かわいそうね、あの子そう永くないわよ」

何とも物騒だが、その話に引っかかるものがあった。

「それ、いつの話?」

唐突に尋ねるとスミヨは少し面食らったようだった。えっと…と必死に記憶を掘り起こしながら答える。

「一緒に歩いているのを見かけたのは先週ね。男の子が狙われてるって噂を聞いたのは、たぶん1ヵ月くらい前かしら」

スミヨの返事に彼氏が、そのくらいだね、と頷く。

「ここを歩いていた時、スミヨさんがそんな話をしてくれたのを僕も覚えているよ」

どうやら間違いないらしい。


1ヵ月前。

嫌な予感が胸の中で増幅する。―――もしかしたら何かすっげぇヤバイことになってんぞ、コレ。


一方、憂はさっぱり俺達の話が理解できないようで、一体何の話をしてるの?と苛立ったように訊いてきたが、それどころじゃない。一刻を争う事態だ。

俺は優に言った。

「今すぐ帰ってパソコンであの人形を調べろ!何かわかったら連絡するんだ!俺は別の方から調べ直すっ!」

早く!と彼女を急かした。彼女はワケもわからぬまま頷き、走って帰った。

突然慌てだした俺達に、どうかしたのかと心配そうに尋ねてきたスミヨを適当に誤魔化す。

「色々ありがとう!!」

またね!とスミヨとその彼氏に別れを告げ、自転車に乗って慌ただしくそこから立ち去る。


気をつけて帰るのよ!と、スミヨの戸惑った声だけが追いかけてきた。



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