《MUMEI》

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父親を無視して俺は続ける。

「呪いって誰でも簡単にできる?」

俺の質問に父親は眉をひそめる。確認するように、呪い?と繰り返した。俺は頷く。

「例えば意図的に悪夢を見せて精神的に追いつめたり、霊的な怪奇現象を引き起こして苦しめたり。よく『呪い殺す』っていうじゃん?あれってごく普通の人でもできるもんなの?」

補足すると父親はますますしかめっ面をして、ずいぶん具体的だな…とひとりごちたが、俺は聞こえないフリをする。

少し考えてから気難しい顔をして父親は答えた。

「普通の人間が誰かを呪うことなんてできないさ」

ハッキリした口調だ。答えに迷いはないらしい。父親は呆れたようにため息をつく。

「呪いというのは、神仏の力を借りて行う神聖な儀式なんだ。それなりの地位を持つ聖職者でなければ誰かに呪詛を放つことなんてできるわけがないだろう」

そこで一息おいて、ただし…と続ける。


「神仏以外の力を使えば、同じようなことは誰にでもできる」

俺は息を呑んだ。恐る恐る尋ねる。

「…神仏以外?」

それってつまり。

父親は頷いて言った。


「悪霊だよ」


説明によると、現在蔓延している呪いのほとんどは悪霊の仕業によるものらしい。

「アイツらは見境がないから、上手く利用すればお前が言ったように、誰かを呪い殺すことも簡単にできるだろう」

父親の話に俺は納得する。

「それじゃあ、怪奇現象が起こるのは霊的な力が働いてるってことか…」



脳裏に、あの桜の木が過る。


―――あの女か。


スミヨの話によれば、あの女は若い男にとり憑いているという。しかも俺と変わらない年頃の男だ。そこで1つの仮定を思いついた。

理由は定かではないが、沢井は工藤君を呪うために悪霊と契約した。その悪霊があの桜の木の下にいた女だという可能性はゼロではないはずだ。


頭の中でそう断定しかけた時、だが…と父親が重々しく口を開く。

「アイツらを使うにはリスクが大きすぎる」

俺は、え?と声をあげた。リスク?何のことだ?



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