《MUMEI》
関係性
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―――次の日。

登校する途中で、いつものババアを立ち漕ぎでぶっちぎったあと昨日の桜並木へと急いだ。あの女をもう一度確認しようと思ったのだ。

登校・通勤時間帯ということもあり、並木道にはちらほらと行き交う人々の姿がある。彼らとすれ違いながらしばらく自転車を走らせると、あの遅咲きの桜が見えてくる。俺は自転車を止めた。


ヒラヒラと桜の花びらが美しく舞い散るその木の下に、


あの女が立っていた。


昨日見かけた時と全く同じ格好で、やはり遠くを見つめたままでいる。角度が悪く、俺がいる場所からは女の顔が見えない。


俺は自転車を転がして道の端へ移動すると、他の木々で身を隠すようにしてじっと女を観察した。


当然ながら、女の目の前を人々が通りすぎるが、誰ひとりとして彼女を見遣る者はいなかった。

女も行き交う人々には興味がないのか、その場に佇んだまま身じろぎひとつしない。


あの女は一体、何をしてるのだろう。


しばらく黙って女の様子を窺っていたらそこに思いがけない人物が通りかかった。工藤君である。
俺は反射的に木の影に隠れ、並木道を覗き見た。

工藤君はすっかり生気を失った青白い顔で、ヨタヨタとこちらへ近づいてくる。目も虚ろでまるで廃人のようである。日に日に状態は悪化しているようだ。

覚束ない足どりのまま、彼は俺の目前を通り過ぎた。俺や先にいる女の姿に気づいた様子はない。

工藤君がこのままこの道を進めばやがてあの遅咲きの桜のもとへとたどり着く。もちろん木の下にはあの女がいる。そしてもしもアイツが沢井と契約した悪霊であれば、間違いなく彼に危険が及んでしまう。


彼の姿に気がついたのか、女はゆっくり首を巡らせその顔があらわになる、まさにその瞬間だった。

突然強い風が吹きぬけ、女の長い髪を揺らし桜の花びらを吹雪のように宙へ散らす。一気に視界が悪くなり、工藤君と女の姿を一瞬見失った。


…しまった!


己の迂闊さに舌打ちし、道へ飛び出そうとした。その時だった。

俺よりも早く、工藤君達がいるだろう桜の木の方へ、どこからともなくゆっくり歩み寄る人影があった。同じ高校の制服を着た女子である。
今までその女子の存在に気づかなかったことから、恐らくは俺と同じように身を潜めていたのだろう。偶然ここへ通りがかったワケではないようだ。

桜吹雪の間から垣間見えた彼女は。

「…沢井?」

俺は驚いて彼女の名前を口にした。突然現れた彼女―――沢井は俺に気づかず、まっすぐに桜へ向かっている。その眼差しは何か揺るぎない決意を秘めたものだった。
まるで静かな狂気のような。

俺は隠れていた木から離れ、道に出る。

「何でここにいるんだよ?」

いきなりそう声をかけると彼女はびっくりした顔で振り返った。俺の姿を見つけさらに驚いたのか、大きく目を見張っている。

「あ、あんたこそ何してんのよ!」

沢井は退きながらも挑むように言った。



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