《MUMEI》 解明. 昼休みになり、俺は昼食を適当にとってから廊下に出た。そのまま隣の教室の前へ移動する。 しばらく廊下の窓から外を眺めていると、目当ての人物が現れた。沢井である。どうやら俺が彼女のクラスの前にいることを気づいていたようで、まっすぐこちらを見つめてやって来た。挑むような目付きだった。 「何か用?」 ぞんざいな口調でそう言ってくる。相変わらず気が強い彼女に苦笑しながら俺は携帯が入っているポケットを指差した。例のごとく、俺の携帯は鳴っている。 沢井も気づいているはずだが、あのときのように咎めることはしなかった。相当警戒しているらしい。 「代わりに出てくれない?」 試しに言ってみると、彼女はあからさまに不快な顔をした。遠慮しとくわ、と素っ気なく答える。着信はそのうち切れた。 俺は周りに見えないように携帯を確認しながら聞いた。 「あのとき、見えてたんだな?」 沢井は答えない。黙ったまま動く気配もなかった。 俺は続ける。 「すっかり勘違いしていたよ、おかげでずいぶん遠回りしてしまった。俺の背後にいたヤツも、桜の木の女の姿も君には『見えていた』んだね。だから工藤君の身に危険が近づいていることも誰よりも先に気がついた…」 校舎裏で沢井に電話に出てもらったとき、彼女はアイツの声をはっきり聞き取っていた。センスがないヤツなら、そんなことはできない。さっきの憂のように。 それに桜並木でのことも、彼女は工藤君とあの女のもとへ迷いなく近寄っていった。あれは女の姿が見えてこそできる行為だ。 そこまで俺が言うと、沢井は小さくため息をつき、 やがて、 「見えないわ」 ポツリと呟いた。 俺は顔をあげる。彼女は少し疲れた顔をしていた。 「姿は『見えない』の、わたしがわかるのは気配だけだから」 彼女によればおそらく霊感はあるものの、はっきりとその実態は捕らえることができないらしい。その代わり不穏な気配やナゾの声などはわかるのだという。 観念したように沢井はまた息を吐き、続けた。 「…1ヶ月くらい前、下校中に工藤君の姿を見かけたの。あの桜の下で足を止めていたわ。彼の周りにすごく奇妙な雰囲気がまとわりついていたから、嫌な予感がした。案の定彼は日に日にやつれていって…このまま放っておけなくて、だから…」 助けてあげなきゃって思った。 そこまで言って、彼女は口をつぐんだ。苦しそうな瞳だった。 . 前へ |次へ |
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