《MUMEI》

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あの桜の木の女は人間ではない異形。女の詳しい経緯は知らないが、かなりの怨みを抱えてあの場所に居座っていることはわかる。マスク女のスミヨが、『陰気くさい』とあの女をやたら嫌っていたことを思い出す。俺自身、女の顔を目の当たりにすることを本能的に怖れていた。女がまとう負のオーラはあまりに強すぎる。たぶん、相当厄介な相手だった。

けれど最も厄介だったのは工藤君の方だ。彼はあの女と付き合っているつもりになっていたから。沢井が自分を救うためにしてくれていたことを、違う方向から見て一方的に勘違いした。真相究明の遠回りとなる原因だ。全く迷惑な話である。


「…でも、もう終わりだ」

俺はポケットに両手を突っ込み、沢井を正面から見据えた。彼女は怪訝そうな顔をする。終わりって?と尋ねてくる彼女を見つめて、俺は頷いた。


「今、連絡がきた。その道のプロに頼んでおいたんだ。全部上手くいったってさ」


さっきの携帯の着信はいつもの気違いな電話ではなくメールだった。相手は俺の父親だ。


個室トイレで父親にあの女の除霊を電話で依頼した。最初、父親は息子相手に除霊代をふんだくろうとしてきたが、部屋で目撃した例のナゾの現金を母親にバラすと脅してみたらあっさり快諾してくれた。かなり曰く付きの金のようだ。この口実はしばらく使えそうである。


沢井はプロが一体誰なのか知りたがったが俺は返事をはぐらかした。


「放課後、桜並木に行ってみるといい。きっと君が思い描いた通りになってるから」


それだけ言って、俺は彼女のそばから離れていった。
ちょうど校舎内に午後の始業を知らせるチャイムが鳴り響いたときだった。



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