《MUMEI》

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俺達が何か声をかける前に、沢井は踵を返して歩き出した。ゆっくりした足取りで。


俺と憂は去っていく彼女の後ろ姿を見つめていた。

「…沢井さんの中でもやっと終わったのだわ。あの女はもう、ここへ現れることはないのだから」

憂の唄うような抑揚に俺は頷かなかった。



真相を解明し原因であるレイコとかいう女の除霊を済ませてようやくめでたし。

…というワケにはいかなかった。



「何だか肩がこるなぁ…」

これは最近の父親のひとり言である。
家族で食事をしている最中、さりげなくチラリと父親へ目を向けた。父親は肩を揉むような格好をして、しきりに首を左右へ揺らして調子をみている。かなり肩こりが辛いようだ。無理もない、と俺は思った。


なぜなら、


父親の両肩にもたれるように白いワンピース姿の女がしがみついているからだ。その正体は、あの桜の木の下にいたレイコである。

どうやら父親は除霊に失敗したようだった。レイコは成仏せずに、今度は父親にとり憑いたらしい。父親がレイコをおぶって家に帰ってきたときはちょっとたまげてしまった。
ちなみに父親本人はレイコがとり憑いていることに気づいていない。知らない方が幸せなことはたくさんある。俺はもう一度その台詞を繰り返した。

まぁ、俺の父親はクソ坊主でも除霊師のプロなのでそのうち自分でどうにかするだろうと勝手にひとり決めておく。


レイコは父親の背中にしがみついたまま、乱れた長い髪の隙間から俺の方を鋭い眼差しで睨み付けている。


『彼を返しなさいよ、返して、彼を返せ、返せ返せ返せ返せ…』


青白い顔をしてレイコは何度も呟いた。たぶん工藤君のことを言っているのだ。俺はうんざりする。これは確かにかなり相当陰気くさいし、しかもしつこい。スミヨが嫌う理由が分かった気がした。

俺は箸を置き、ポケットの中を探った。一枚の紙切れが指に触れる。それを握りしめ、そっと取り出した。いつぞやに沢井に突きつけて見せた御札だった。

俺は試しにその御札をレイコが見えるようにかざしてみた。レイコはそれを見た途端に顔を強張らせると、恐ろしい形相で苦しみもがき始める。図らずも物凄い効果だ。やっぱり沢井はセンスがある。今後のために除霊について彼女に相談してみようか。

当分の間コレは御守りにしよう、そう決めて俺はポケットへ御札をしまい、食事を再開した。

父親はまた、肩がこるなぁと呟いた。






―――《嫌がらせの怪》完結。



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