《MUMEI》

「何か緊張するなぁ」
 八十八本のろうそくの炎が揺れている。参加者は百人集められなかったが、数人の老若男女が車座とはいえない崩れた輪を描き、机と椅子が寄せられた学校校舎の教室に座っていた。既に十二の失敗談が語られ、各人の語り口も段々と重くなってきている。    「えっとあの、寝坊して電車に乗り遅れました」   ろうそくの炎が一本吹き消される。       「今のあり?」      失敗談といっても大事になってしまった失敗から、何てことのない日常で、うっかりやってしまった失敗まで、ピンキリである。 「まぁそういうのは、これ一回きりにして下さいね」 実験の主催者側の進行役が制約らしきものを口にする。彼は話をする側には参加せず、所謂監視役ともいうべき立場であり、助言などもする。話を戻すが、失敗談というのは、人にはあまり言いたくない類のものであろう。ましてや、とんでもない自分の失敗の話なんてものは、出来れば自分の心の内に沈めておいてしまいたいものである。
「小学生の時にですね、給食のおかず、ハンバーグだったかな。教室まで運んでくる時、転んでね。ぶちまけて、その日の主食がなくなっちゃった事がありました。しばらくは恨まれてたんだろうな」       ろうそくの炎が一本消える。例外はあるもので、気にしていないのか、時効だと思っているのか、嬉々として話をする者もいる。確かに失敗談をどんどん話してもらわないことには、実験が進まないので、主催者側にとってはありがたいことである。       「フリンしててぇ、旦那が単身赴任だからぁ、部屋に上がり込んでたらぁ、急に帰ってきちまってぇ、慌ててパンツ一枚でベランダに隠れたんだけどぉ、寒かったからぁ、カゼひいちまったんだよねぇ」      ろうそくの炎が一本消える。どの部分が失敗談であったのか、よくわからないものもあったり、釈然としない話が幾つもあるのだが着実に炎は消えていく。  果たして、このまま順調に進んで、百本目のろうそくの炎を無事消すことが出来るのだろうか。

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