《MUMEI》

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何の変化もないまま15秒ほど経ったとき、ようやくひとりの人間が画面の端から現れた。画像が悪いせいで顔はよく見えないが、背格好や服装からしておそらく男性の警備員だということがかろうじてわかる。

たくましい身体つきの彼は手に懐中電灯を持ち、廊下を照らしながら慣れた足取りでさくさく歩いていく。懐中電灯の弱々しい光を何度か閃かせながら、彼が画面中央を通りすぎると逆方向の画面の端へ消えた。どうやら無事にこのポイントを通過したらしい。そのあとはまた最初と同じ無人の廊下が写ったままだ。


しかし、その10秒後。


単調な動画をぼんやり見つめていた俺は、つい目を疑った。何だこれ?と、思わず声をあげそうになる。


初めに警備員が現れた画面の端から、ゆらり…とそこへ現れたのは。


鮮やかな赤いワンピースを着た、ショートカットの女だった。


女の顔はわからなかった。それは画像が荒いだけではなく、このカメラのアングルでは女が意識的に振り向かなければ、顔は認識できない。

女はカメラに気づいていないのかただ正面だけを見つめて、枯れ枝のような手足を振りながら、ゆっくり…とてもゆっくりと廊下を進んでいく。まるで先ほど通り過ぎた警備員のあとをそっと追うように。


何だこれ何だこれ何だこれ。


こんなの、まるで…。


頭が混乱する。俺は映像から目が離せなくなった。息を呑んで携帯のディスプレイを見つめる。


映像に写し出されたその女は、画面の中央を少し通り過ぎたところで不意に立ち止まった。所在なく両腕をぶらつかせたまま動かない。


一体どうしたのだろう?
警備員に見つかったのだろうか?

女の挙動を訝しんだとき、


突然、ぐるんと女が首を巡らせてカメラへ―――こちら側へ振り返った。


あらわになった女のその眼窩は空洞だ。



俺は悲鳴をあげそうになるのを必死にこらえる。心臓が早鐘を打つ。頭の中まで響くように強く、激しく。


女は空っぽの眼窩を見せつけるようにカメラの下へ戻ってくると、ゆっくり両手をこちらへ伸ばしてきて、



―――そこで、動画は唐突に終わった。



しばらくの間、ぼうっとしていた。今目の当たりにした映像を受け入れることができなかった。


赤いワンピース。ショートカットの女。

そして空洞の眼窩。

カメラに写り込み、その姿を見た者を死へ導く―――。


あの都市伝説そのままの。


「…さらに調べてわかったのだけど、その警備員は間もなく亡くなったそうよ。投稿者もね」

呆然としている俺の耳に憂の唄うような滑らかな抑揚が流れ込んできた。俺はゆっくり彼女の顔を見る。


憂はいつもの無表情で、どうかしら?と続けた。


「これでもまだデマだと思う?」


俺は何も答えられなかった。《写り込む女》の存在を否定するほどの根拠はもう持ち合わせていない。

同時に俺と憂は、その女について徹底的に調査しなければならなくなってしまったことに気づく。



―――間接的に巻き込まれたとはいえ、俺達は女の姿を見てしまったのだから…。



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