《MUMEI》

「帰りましょう、坊ちゃん」

そう言って手を差し伸べた私の事を、坊ちゃんは目を大きく見開いて見上げた。

「帰るって…このまま…あの…屋敷にか?」
「えぇ…帰って、そうですね…いつも通り紅茶を煎れてさしあげて、午後には貴方の好きな甘いものを用意して…ずっと、ずっと、一緒に居ましょう」
「お前は!…」

そう言いかけて、坊ちゃんは今にも泣いてしまいそうな顔で私を見上げていた。

「坊ちゃん…あなたと私を繋ぐ鎖は無くなりましたが、私の心はあなたに繋がれたままです」

そう言って自分の心臓を指し示すように手を胸に掲げると、坊ちゃんの頭がゆっくりと私の胸にもたれ掛かってきた。

「いいの…か?お前は…それで」

私の袖に添えられた坊ちゃんの手が、力なく袖を握る。

「ええ、あなたのこれから生きるであろう時間は、私にとって一瞬でしかありませんから」
「俺には…長すぎる一瞬だな」
「その長すぎる一瞬を、ずっと見守らせて頂きます…貴方が成長して年をとってその命が尽きるまで…永遠に」

そう言って坊ちゃんの前に目線を合わせるように跪くと、両腕で抱きしめようとしたが無い左腕が宙を掴く。

「すみません、貴方を両腕で抱きしめる事が出来なくて…」

申し訳なくそう言うと、坊ちゃんは私の背中に両腕を廻すとゆっくりと力強く抱きしめてきた。
  

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