《MUMEI》

「やはり、解らない。その時は、刻一刻と迫っているのに」
「だから、何の事だ?」
「……屍市が、もうじき始まる」
問う事に対して、その答えが返ってきた
またしても耳に馴染まないその言葉に、怪訝な顔をして返せば
「……私も、其処で売られる筈だった」
小声で呟き、身を翻しそのまま出て行く相手
途中、向けら得た目配せに
井原は溜息混じりにその後を付いて行くことに
「……どこまで行く気だ?」
人通りの多い表通りを抜け、段々と人気のない場所へ
暫く歩き続け、到着したのは見覚えのない通り
見れば人通りはほとんどなく
立ち並ぶばかりので見せには、ヒトの死体ばかりが並べられ
見るに現実離れしすぎている風景だった
こんな場所へ何をしに来たのか
そして何が目的なのか
解らない事が多すぎる事に、井原は苛立つ
「……そろそろ婆の身体が、腐る頃だから」
「は?」
更に解らない言葉を返され、井原はつい聞き返してしまえば
相手は徐に、並ぶ屍を一体ずつ眺め見ながら
「身体が朽ちればまた次の屍へ、婆はそうやって何年も生きているの」
一つ朽ちればまた別の屍へ
俄かには信じ難いソレに、だが井原はふと思い出す事があった
目の前の少女が屍であるという事
老婆がまるでヤドカリの様に身体を換えながら生き永らえているという事に納得するとすれば
なぜ一番身近にあっただろう少女を手放したのか、と
「……私は、死に体。でも、婆は私の身体は要らないって言った」
「何で?」
「……私が、(私)の意思に従わない、から」
聞くに益々解らなく鳴ってしまう返答
それについ怪訝な表情をしてしまえば
「……この身体は、私の本当の身体じゃ、ない」
「は?」
意外過ぎる返答が返ってきた
俄かには信じ難いソレに、更に怪訝な顔だ
「……この子は、婆に従順だったから」
此処で一度、言葉を区切ると
少女は徐に、並ぶ死に体へと手を伸ばす
憂う様な表情でそれらを見降ろしてやりながら
「……私もそうある様にと、これを身借りさせられた」
「で?従順にはなれたか?」
僅かばかり揶揄うような口調でたずねてやれば
相手は緩く首を横へ
「……私は、今の(私)じゃなくて、本当の私を取り戻したい。だから、私は婆に従順では居られない」
言い終わった、次の瞬間
「……死に体の分際で、儂に盾突くか」
その相手の背後へ、ヒトの影が唐突に現れる
何かを確認するよりも先に
相手はその四肢がバラバラに寸断されてしまっていた
見るに信じ難い光景
赤黒い血液が飛散し、井原の全身すら赤く汚す
「……お前に、お前自身の意思など必要ない」
散り散りになってしまった少女の肢体を一つずつ拾い集めながら
老婆は厭らしい笑みを井原へと浮かべて向けながら
「……申し訳ありませんが、これは返していただきます故」
ソレでは、と身を翻し立ち去ろうとする老婆
その後姿を暫く眺めていた井原だったが
不意に、老婆を呼び止めていた
「何か、用でも?」
唐突なそれに不思議気な顔をしてみせる老婆へ
だが井原は何を返す事もせず
出来たその一瞬の隙を借り、切断されてしまった少女の四肢を奪い返す
「……何の真似です?死に体ではないアナタにこれは必要ない筈」
「いる、いらんは俺が決める」
余計な御世話だと短く返してやれば
老婆は更に笑みを厭らしく浮かべながら
「……後悔、なさいますな」
身を翻し、その場を後にした
姿が見えなくなると同時、井原は溜息を一つ
だがこれ以上此処で立ち尽くしていたとしても自体が好転するわけは一切なく
仕方がなく辺りをぶらつき始めた
途中、ゴミ捨て場の様な場所を見つけ
捨てられ、山の様に積まれたソレに、井原は一瞥だけ向けてやれば
ざわざわと声の様なソレが聞こえ始める
誰に成り変わることも出来ず、唯ゴミとして捨て置かれる嘆き
生きる事を憂い、流すのは朱の涙
流石の井原も、見るに居た堪れない
これから自分はどう動くべきなのかと
考えれば考えるほどに、解らなくなっていく
井原はとりあえずこの場に立ち尽くして居ても仕方がない、と歩く事を始める
暫く歩けば、いつの間にか屍市を抜け普通の景色
眼に懐かしく感じてしまう平穏な日常

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