《MUMEI》

.


そのとき、

長い黒髪の、見覚えのある女子生徒の姿が一瞬テレビに写った。陶器のように白い肌の、細く華奢な身体つきは。


憂?


女子生徒の出で立ちは憂に似ていた。彼女は購買のカウンターで何やらパンを選んでいるらしい。
彼女が憂であるか確信を持つ前に、カメラが再び揺れてしまい画面から彼女の姿が消えた。画面にはまた松本の顔が大きく写し出される。



―――なぜか嫌な予感がした。



テレビから目を離し、俺は教室を見回した。くつろいでいるクラスメイト達の顔をひとつひとつ確認していくが、その中に憂の顔がない。

「…神林は?」

ひとり言のように呻くと、それが聞こえたらしい友達が教室をぐるりと見渡して、いないみたいだと答えた。嫌な予感は増した。


『おばちゃーん!今日のオススメは何定食ですかー?』

突然、松本の甲高い声が聞こえ、俺はハッとして再びテレビを見た。

ようやく学食の中に入ったらしい松本が、カウンター越しに食堂のオバチャンへマイクをつきだすも、忙しいためか迷惑そうに対応されていた。


そして、

たくさんの生徒が入り交じるその映像の中で、俺にははっきり見えた。

カメラの右端に、ほんの少し写り込んだもの。


それは、赤い服を着た女の後ろ姿。


予想外の展開に飲みかけていたコーヒーを吹き出し、思わず椅子から転げ落ちそうになる。何でコイツが学校に。混乱で思考が定まらない。俺の不審な挙動を訝しんだ友達は、どうかしたのかと呑気に尋ねてくる。どうやら彼らには女の姿が見えないらしい。しかしそれも、今はどうだっていいことだ。俺は返事をすることもできず、テレビから目が離せなかった。


モノトーンの制服姿の人間の中で、その赤い色はより鮮明に見えた。枯れ枝のような腕を力なく下げ、ぶらぶらと揺らしている。昨日見た、動画と同じように。


なぜ、女がここにいる?

高ぶる気持ちを落ち着かせながら、必死に考える。


アイツの目的は何だ?


《写り込む女》を見たものは死ぬ。

女の姿を目撃した者は、この学校で少なくとも俺と憂のふたりである。

俺は今教室にいるが、彼女はどこにいるのかわからない。


もし、テレビに一瞬だけ写った女子生徒が憂であるなら、


女が今、学食にいる理由は。


画面の中で女はこちらに背中を向けたまま、ゆっくり歩き出す。向かっているその方向の先にあるのは、

購買のカウンターだ。



―――憂が危ない。



思いついたと同時に俺は教室を飛び出していた。友達の俺を呼ぶ声が聞こえたが無視して廊下を駆け抜ける。すれ違う生徒達に肩をぶつけながらも、前だけを見て走り続けた。


全ては俺の憶測に過ぎないが、あの女が憂を狙う可能性はゼロではない。

それも同じエリアにいるならなおさらだ。


「―――くそったれ!」


小さく口の中で毒づいて、より一層大きく腕を振った。



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