《MUMEI》

「どうしたんですか、悲鳴なんてあげて」
「やっぱり、何にも起こらないじゃん」
 人の気配に進行役が顔を上げると、失敗百物語の見慣れてしまった参加者達の顔が、教室内に並んでいる。先刻までの奇妙な雰囲気に包まれていた人気のなくなった部屋は、夢まぼろしだったと言わんばかりに元通りの平和な風景だった。
「怖がりなんですね。まぁこれでお開きですかね」
 一人の言葉を機に参加者達が皆、帰り支度を始めるのを、進行役は呆然と見つめていた。
 あれは何だったんだろうか? 今、ここにいる人達は何なのだろう? それとも本当に、自分は夢を見ていたのだろうか。彼女は一体何なのだろう。
「えっとあの、楽しみに待っています」
 部屋から出て行く参加者達の一番後ろにいた人物が立ち止まって、進行役に声をかけてきた。紅い唇の両端を上げて、うっすらと頬笑んでいる。友好の笑みではない。
「えっとあの、今出て行った人達は消える前とは別物ですよ。外見は同じでも中身の存在しない、もう幻みたいなものです。抜け殻なんです」
 にっこりと完全に唇の両端を上げ、参加者が微笑む。進行役は彼女の恐ろしい笑顔を見つめて、ぎこちなく首を左右に何度も振っていた。どこまでが本当なのかわからない。夢と現実との境界線があやふやになってしまったようだった。
「えっとあの、いいですか? 敢えて確認しておきますが、彼らが消滅してしまったのは、あなたの所為ですよ」
 進行役は残った参加者の顔を見た。参加者達が教室から出た途端に、姿が消えてしまっているのではないか、という考えが浮かんだのだ。
「馬鹿馬鹿しい」
 進行役は自らの考えを打ち消した。
「からかわないで下さいよ。だって、いたじゃないですか。騙されませんよ」
 ははは、と乾いた笑いをもらす。だがドアを開けて、去って行く参加者達の背中を確かめることはどうしても出来なかった。結果は分かり切っているのというのに。
「えっとあの、失敗なんです。あなたの生んだ失敗に変わりはないんですよ。実際、教室に残っていたのはあなただけなんですから。あなたにとって、この実験はどの程度の失敗になるんでしょうか」
 こんな実験に参加しなければ良かった。人の失敗が聞けるから、面白いかなという興味本位で、進行役になったのである。進行役は理不尽な状況に体を震わせる。参加者の彼女の話す口元が、ちらり、血のように真っ赤に染まって見えた。

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