《MUMEI》

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階段を駆け降り、1階の廊下を走り抜ける。すれ違う生徒達を押し退けて、ようやく学食に着いたとき、購買カウンターの前で憂の姿を見つけた。やはりあの女子生徒は彼女だったらしい。

憂は普段通り涼やかな表情で購買のオバチャンからパンが入った紙袋を受け取っているところだった。とくに危険にさらされているワケではないらしく、《写り込む女》の存在に気づいている様子もない。

紙袋を抱えて彼女が振り返ったのと、俺が彼女の背後に駆け込んだのはほぼ同じタイミングだった。息を切らせ、肩を上下させて突然目の前に現れた俺の姿を見て憂は驚いたようだ。どうしたの?と眉をひそめて尋ねてくる。

「あいにく焼きそばパンは完売よ、わたしが買ったものが最後だったみたい」

残念ね、と全く見当違いなことを口にする。彼女の言葉を無視して俺は腕をつかみ、急いで学食の出入口へ向かった。状況を把握していない憂が身体を引っ張られながら俺を批難してくるが、説明している暇はない。

外へ出るには、学食を出入りする人間をかき分けなければならなかった。たくさんの人とぶつかりながら憂を引っ張って前に進むのは困難を極めた。ちっとも出口にたどり着けない。《写り込む女》がすぐそばにいるかもしれないのに。

「ちょっと!どいて、頼むからっ!」

気持ちばかりが先走って、誰に向けるともなくつい声を荒らげた。俺の様子の異変に気づいた憂は批難をやめて、素直に後ろを着いてくる。周りの生徒達も俺の形相に驚いたようで、道を譲ってくれた。歩きやすくなり非常に助かる。


もう少しで学食を出られる、

そのとき、背後から突然肩を叩かれた。
俺はびっくりして振り返り、そしてギョッとする。俺の反応を見て憂も視線を後ろへ流した。

「こんにちはー!放送部の松本でーす!ちょっとお話聞いてもいいかなー?」

肩を叩いたのは松本だった。まだ学食にいたらしい。撮影クルーもすぐ近くでカメラのレンズをこちらへ向けていた。

松本は俺と憂の顔を交互に見遣り、あらあら〜?とわざとらしく驚いた声を出す。

「誰かと思ったら2年で噂のカップルさんです!ふたりで仲良くランチするんでしょうか!?さっそく真相を確かめたいと思いまーす!」

カメラを振り返って松本がおどけてぶった口調で言った。危機感のない彼女に腹が立つ。もちろん俺の心情を察することなく、松本はこちらに向かってマイクを突き出してくる。

「やっぱり付き合ってる噂はホントなんですね!?あ、カノジョさんが持ってる紙袋は購買のパンですよねぇ!?これからふたりで食べるんですか?」

俺は松本を無視して憂の手を引く。憂は仏頂面でカメラと松本を睨んでいた。元来目立つことを嫌う彼女は、松本の無神経な振る舞いに相当迷惑しているようだ。無理もない。



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