《MUMEI》
空白の時間4
「はじめまして、私の名前は桧山英里」

英里が微笑む。

「そんなに怖がらないで?私は彩矢ちゃんの理解者よ?」

彩矢の頭に、いくつもの疑問が浮かんだが、何ヵ月も人と会話をしていないと、上手く言葉が出てこなかった。
それを察したのか、英里が彩矢の手に自分の手を重ね、笑う。

「大丈夫よ、無理しないで。今はそれでいいの」

彩矢の脳裏に、いつかの母の言葉が過った。

「とりあえず、詳しいことは着いてからだから。外に出ようか?」

今の状況も理解できないのに、「外に出よう」という言葉に素直に従える筈もなく、彩矢は首を振った。
だが英里は彩矢を無視し、大丈夫だから、怖くないからと、とても女とも思えない力で彩矢を部屋の外に、引きずり出した。

階段を下りていくと、客間から父の声と、聞き覚えのない男の声が聞こえた。

客間を見ると、黒いスーツを着た男と目が合った。

端正な顔立ちだが、眼鏡の奥の切れ長な目が、恐ろしく感じ、彩矢は凍り付いた。

父と母は彩矢に気付くと、気まずそうに視線を反らした。

「娘さんのことは心配なさらないでください」

男が言うと、父は絞り出すような声で 「お願いします」と言った。
立ち上がった男が、彩矢に近づいてくると、彩矢の言い知れぬ不安感はどんどん大きくなる。

「……おか…ぁさん」

やっと出したその力ない声で言うと、母の泣き声が聞こえたが、彩矢はそのまま英里に引き摺られ、家の前に止められた黒い車に乗せられた。

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