《MUMEI》
みんな
霧島に自室へ戻るように言われた彩矢は、人に会わないように急いで部屋に戻った。


何も無い部屋にいると、余計なことを考えてしまいそうだった彩矢は、枕に顔を埋め、耳を塞いだ。


前にも、こんなふうにした気がした。
消えて無くなればいいのに…そう思って、外の世界を遮断した。


なんでしたんだっけ……そんなことを考えていると、ぽんっと肩を叩かれた。

「!!?」

「やだ、びっくりさせちゃった?」

そこには、笑顔の英里がいた。

「何度か呼んだんだけど反応ないから心配で入ってきちゃった……。隣いい?」

英里がベッドに腰掛けた。

「制服に着替えたんだね、彩矢ちゃんって白が似合うんだねぇ」

彩矢の格好を見て英里は笑っていたが、彩矢は笑えなかった。
霧島の言っていた『取り扱い説明書』を、英里はもう見たんだろうかという不安が、ずっと頭の中で駆け巡っていたのだ。

「そんな警戒しないで大丈夫、私は彩矢ちゃんの理解者って言ったでしょ〜?彩矢ちゃんの味方だよ?」

彩矢は再び、枕に顔を埋めた。

「院長とは話した?」

『院長』という言葉に、彩矢の表情が硬直する。

「可愛がってもらえた?」

英里の言葉に不信感を抱いた彩矢が、英里の方を向くと英里は不思議そうな顔をした。

「そうそう、ここに来たのは言い忘れたことがあって…。作業のことは聞いたかなぁ?」

彩矢は首を振った。

「ここはね、いろんなことに感謝する場所なの、だからここで食べる食べ物も自分たちで作ってるのよ」

英里の言うことは、どこか宗教的で霧島とは、正反対のように感じられた。

「素敵でしょ?で、彩矢ちゃんはトマト班。なんか可愛いでしょ〜?」

そう言って英里は、ふふっと笑った。

「これからトマト班が集まるから一階の食堂に行ってきて?行ったらすぐわかるから」

英里は彩矢の肩をぽんっと叩くと、立ち上がった。
そして、彩矢と同じ位置に視線を落とす。

「困ったことがあったらなんでも言ってね?女同士なんだから、きっと理解できることも多いと思うの」

彩矢は暫く考えてから、ひとつ息を吐き、起き上がった。

「……ぁ」

英里が怪訝な顔をする。

「…ぁ……」

言葉にしようとすると、息苦しくなって、上手く声にならない。

「うん、いいよ?ゆっくりで」

英里が微笑んだ。
彩矢は上手く声にならないもどかしさに、涙が溢れてきた。

「大丈夫、話せるよ」

「…ぃ…ぇ…いえ、に…かえり…た、ぃ」

途切れ途切れに言うと、自分で抑えられないくらいに涙が出てきた。

「う〜ん…そっかそっかぁ、お家に帰りたいよねぇ?ここに来た子はみんなそう言うよ。でもね?最初だけだから」

英里が彩矢の頭を撫でた。

「みんな最初は帰りたいって言うけど、すぐにここが本当のお家みたいになっちゃうんだ。不思議でしょ?彩矢ちゃんも、すぐにそうなるよ」

霧島のことを話して助けてもらおうかと思ったが、自分がされたことを話す勇気がなく、彩矢は黙って頷いた。

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