《MUMEI》
機会はもう過ぎた
.


「…ウソじゃねぇか」


唐突に俺はポツンと呟いた。しかしその呟きに答える者は誰もいない。
ここは自分の部屋である。週末の土曜日、学校が休みなのでずっと夕方過ぎまでテストに向けて勉強をしていたのだが、《写り込む女》が気になって全然身に入らない。とんだ迷惑である。


《写り込む女》の姿を見た者は1週間後に自殺する。

女は何もしない。ただ写り込むだけ。


ウソじゃねぇか。俺はまた心の中で呟いた。

物理的に何もしなくても、女はその姿をあらゆるものに写り込ませて目撃者を追いつめる。
じわじわと精神的に弱らせ、やがて本当に目の前に姿を現せて死に追いやるのだ。例の警備員やその妹の末路を知れば、相手のやり方は容易に想像できる。


間接的にとはいえ、最終的に女が手を下すことに変わりはない。


俺は握っていたペンを机の上に投げ出し、ため息をついた。



図書館で調査をしてからすでに3日が過ぎたが、今のところ変化はない。テレビや鏡を見ることを意識的に避けているからかもしれないが、あの女の姿も見ていない。それは憂も同じようだった。近況報告をするとき、最近の彼女は興ざめしたような顔をする。女が姿を現さなくてつまらない、『見える』俺が羨ましいわ、と。


そういえば、

「とてつもなくおぞましいことが起こるのではないかと期待していたのだけど、何もなかったわ」

以前、教室で《写り込む女》の話していたとき、本気で悔しそうに彼女が言っていたのを思い出す。あれはダウンロードした動画で女の姿を見た翌日だったか。確か、夜中ずっと自分の部屋でビデオカメラを回し続けていたのに女が現れた様子がなかったとか何とか。

元々そっちのセンスを持ち合わせていない彼女が逆に羨ましい。あれから俺は何度も目撃しているのに。

もとはといえばアイツが変な動画を見せるからこんな面倒なことになっているのにと憤り、そこでふと疑問がわく。



憂は女の姿を『見ていない』?



あの動画には間違いなく女の姿が写り込んでいた。当時の様子から憂にもそれは見えていたと思う。でなければわざわざダウンロードして俺に見せるワケがない。


しかし、その後彼女は女の姿を見ていないという。


機会は度々あったはずだ。

部屋の様子を録画したビデオもそうだが、あの学食でのときだって女は俺達のすぐそばに佇んでいたのに。



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