《MUMEI》

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一体、なぜ?



本当に憂が撮ったビデオには何も写っていなかったのだろうか。彼女が見えなかっただけではないのか。憂にはセンスがない。彼女に《写り込む女》の姿が見えないという可能性はゼロではないはず。だとしたら、『見えない』彼女には一体どんな危機が迫っているのだろう。


考え込んだが、そんなことがわかるはずもない。俺は苛立たしくもう一度ため息をつき、それから椅子から立ち上がる。コーヒーでも飲んで気持ちを切り換えようと思ったのだ。ついでにテレビも見てこよう。確か今夜は俺の好きな芸人のトーク番組があったはず…そんなことを考えながら、ふと窓の方へ視線を流す。本当に、何の気なしに。

きちんと閉めていなかったからか、窓のカーテンが少しだけ開いていた。窓ガラスの向こう側には真っ黒な闇が広がっている。カーテンの隙間から少しだけ覗くガラスに立ち上がった俺の姿と、この部屋の様子がぼんやりと写っていた。背筋が寒くなる。まずい。気がついたときには遅かった。はっきり見えてしまったのだ。



俺の背後に写り込む、赤いワンピースの女の姿が。


女の空っぽの眼窩はガラスに写った俺の顔へ向けられている。



俺は悲鳴を飲み込み窓辺に駆け寄り、中途半端に開いていたカーテンを勢いよく閉めた。それから背後を振り返る。もちろん誰もいない。部屋の中に俺以外誰もいないとわかっても、不安は消えなかった。ベタベタした嫌な汗を全身にかく。



―――そうだ、

こういうことなんだ。


どこにいようと、危険が迫ってくる。


《写り込む女》に狙われるということは。



俺はカレンダーを見る。明日は日曜日、学校はまた休みである。平時なら週明けの月曜日まで憂に会うことはない。


残された時間は、あと2日。


―――逃げられない。

その現実から目を背けて過ごせる機会はもう過ぎたのだと思い知る。


俺は携帯を取り上げ、憂に電話をした。

「《写り込む女》のことで君に確認したいことがあるんだ…急で悪いんだけど明日、会えないかな」

唇からこぼれ落ちた自分の声があまりに無気力になっていることに気づき、それもあの女のせいだと思うと怒りが込み上げてきた。

憂は二つ返事で了承し、待ち合わせの場所と時間を決めたあと早々と電話を切った。

黙り込んだ携帯を手にして俺はもう一度部屋の中を見回す。もちろん誰もいなかった。



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