《MUMEI》

 錦糸の雨が降る。
 地面の両端に、踏み潰されて散り散りになり、土と混じった黄色い塊が、うずたかく積まれている。
 幾重もの布地を頭から被った人物が、道を行く。
 人物は黄色い塊が苦手であった。不本意ながら、商いの為、町にやって来た。
 町の名は卵殻庭。
 語りは詠う。
 天に住まう神が、朝食の卵を誤って落としてしまった。割れて流れた白身と黄身が、太陽に焼かれ雲の隙間を滑り落ちる。かくて錦糸の卵が大地に降り注ぎ、卵の殻は舞い落ちた。
 以来、町には、雨季になると錦糸が降り積もる。
 多くは、特別に製造された搬送機械によって回収されて、工場へと運ばれる。加工された製品は、町の大事な資金源となるのであった。
 雨季の間は、錦糸のおかげで、町は外界との接触をほとんど遮断されてしまう。町からは出ることが出来ず、物好きな商人や旅人でもない限り、誰もやって来ないので、店はほとんどが固く扉を閉ざしていた。
 辛うじて商いしているのが、酒場を兼ねた宿など。
 人物はため息をつきながら、やっと宿の看板に灯りが点っているを確認した。
「いらっしゃい」
 宿の店主の声に安堵すると、人物は、鬱陶しく絡まった布地を頭から、ばっさり取り外した。
「宿泊を頼みます。それと食事を」 
 落ち着いた声で物言いをする、丹精な顔立ちの青年であった。

次へ


作品目次へ
感想掲示板へ
携帯小説検索(ランキング)へ
栞の一覧へ
この小説は無銘文庫を利用して執筆されています。無銘文庫は誰でも作家になれる無料の携帯・スマートフォン小説サイトです!
新規作家登録する

携帯小説の
無銘文庫