《MUMEI》

.


「どういうことだよ?」

拗ねたように俺が尋ねると、頭が悪いのね、とバカにしたように彼女は言う。

「《写り込む女》が見える人間と見えない人間が存在して、実際にわたしとあなたはちょうどそれぞれ違う立場にいる…」

そこで勿体ぶるように言葉を区切って彼女はジュースを飲んだ。そしてまた続ける。

「この前、あなた、学食にわたしを迎えに来たでしょう?女がわたしの近くをうろうろしていたからって」

「ああ、そうだ」

「それを聞いたとき、わたしは自分が狙われていると思ったの。あの学食にいたのはわたしで、あなたではなかったから」

その通りだ。
俺も同じように考えたから、彼女を助けに学食へ向かったのだ。


彼女に危険が迫っていると思って。


「でも、それは違う」


憂は凛とした声で否定した。

「あの女がわたしを狙うはずがないのよ、だってわたしは見えない人間なのだから」

俺は眉をひそめた。

「意味がわからない」

俺が返すと、彼女は身を乗り出した。

「もう一度整理しましょうか。《写り込む女》が見える人間と見えない人間がいる。見える人間は1週間後に死ぬ。あの警備員のようにね。けれど見えない人間は生き残った…それはなぜ?」

「そんなこと知るかよ」

「真剣に考えて。あの動画を見てから死ぬ人間と生き残る人間に分かれるの。その違いは女の姿が見えるか見えないか、それだけなのよ。それを踏まえて考えると、《写り込む女》は見える人間だけをターゲットにしているという可能性はゼロではないわ」

憂の話を聞いて急に背筋が寒くなった。なんだそれ、それじゃまるで…。

黙り込む俺の顔色を窺いながら、彼女は淡々と話をすすめる。

「…少し話を戻すわね。学食のことよ。あのとき、女はなぜ学食にいたのかしら。わたしには女の姿が見えない。つまり女の標的にはならない人間なのに、なぜわたしのそばに現れたのか…考えられる可能性はひとつだけよ」

憂は目を細めた。優しく冷たい眼差しだった。


「あの女は、あなたを狙ってる」

今日はそれを伝えたかったの…。

感情のない抑揚で彼女は呟いた。

俺は何も答えられなかった。
《写り込む女》は見える人間である俺を狙っている。あのとき学食にいたのは、俺を呼びよこすため。憂の仮定が真実であるなら、確かにその可能性はゼロではない。けれど認めたくない。



―――次は自分の番だなんて。



「協力するわ」

唄うような憂の声が聞こえてきた。俺は顔をあげる。彼女は無表情のまま俺を見つめていた。

「あなたは《写り込む女》に狙われている。でも、死なない人間もいるのだから解決する方法は必ずあるはずよ」


あなたは、死なせない。


憂はひっそり呟いた。幻聴かと思うほど微かな声で。

俺は満足に返事をすることもできずに、ただ黙って青白い彼女の顔を見つめていた。



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