《MUMEI》

 「……墓の中の屍が皆消えた、だぁ?」
暫くの間、不気味なほどに平穏な日々が続いていた
自宅にて今現在生業としている絵師の仕事に久方振りに取りかかろうとした矢先
家の戸が勢いよく開かれた
息も絶え絶え飛びこむ様に入ってきたのは李桂
珍しく慌てた様子の李桂からその事を聞かされた
一体、何が起こっているのか
向かい合ったまま、互いに苦い顔だ
「……お茶」
暫くそのままの状態を続けて居ると
男の姿を借りた少女が茶を持って現れてくる
行き成り現れた少女に、李桂は当然ん訝し気な顔で
何者かと視線で訴えてきた
「……空気か何かだと思ってくれ」
「いや、普通に無理だろ。そんなの」
無理な事を言っていると、自身でも思う
だが青年の外見をもつ少女の説明など出来る筈もなく
兎に角、と話を元に戻した
「で?お前には心当たりはないのか?」
「そんなもんあったら此処に来てねぇよ」
「……それもそうだな」
その事には納得する様に頷く井原
ならば此処でどうのこうのと話し込んでいても仕方がない、と
井原はゆるり立ち上がった
「井原?」
「論より証拠だ。見に行ってみる」
草履を適当に突っ掛け、出掛けの瞬間
僅かに少女と眼が合った
「お前も来るか?」
顎をしゃくってやれば小さく頷いて
李桂も連れ立って、家を出た
「……見事なモンだな」
目の前に広がるは惨状
見事にた押された墓石、掘り返された土
明らかに自然現象で出来た穴ではないソレを覗き込んでみれば
其処はもぬけの殻で
少女の方へと向いて直って見れば
小さく頷き、そのまま踵を返し歩き始める
「……何、してるの?」
立ち尽くす井原達へと一瞥を向け、さっさと付いて来いとせがむ
井原と李桂は顔を見合わせ、その後に従う
何所へ行くのか、向いたままの背中へと問うてみれば
「……屍市」
以前に入った事のある屍の溜まり場
度々脚を運びたくなどない其処に何があるのか
つい嫌そうな顔が顕になる
「行かなければ、人ばかりが、死ぬ事になる」
「どういう事か、聞いてもいいか?」
「……婆は、しに体を欲しがっているから」
生き続ける為に、と以前と同じ言の葉を続ける
だがそののくて気は一体何なのか、やはり理解が出来ない
怪訝な顔をついして向ければ
「……婆には、(死ぬ)という概念が無いの」
「は?」
「自分が老いて、そして死ぬ。それが、婆には理解出来ない」
年老いて死ぬ事が解らない
あのどう見ても老婆にしか見えない姿を引き摺り、そんな事があるのか、と
つい問うて返して見れば
「だって、婆は、一番最初の(死に体)だから」
誰一人として、その意味を教える者などいなかった
それ故に無意味な生を長すぎる間過ごしていたのだ、との少女へ
だが井原には、その苦痛を理解してやる術はない
「それで?お前は、結局のところ、どうしたい?」
「わ、たし?」
「そういう話をしたって事は、何とかあの婆さんを助けてやりたいと思ってんじゃねぇのか?」
指摘をしてやれば、だが少女は解らないのか首を傾げて見せる
自分自身の行動の意味を理解していない
そういう意味では老婆も少女も大差ない、と
井原は苦笑を浮かべるしか出来ない
「何?」
何故笑っているのか、と怪訝な顔を向けられ
だが井原は返してやる事はせず、唯一言別にを返すばかりだ
「……可笑しな人」
少女の方もそれ以上気事はせず
改めて前を見据えると、無言で歩き始めていた……

前へ |次へ


作品目次へ
感想掲示板へ
携帯小説検索(ランキング)へ
栞の一覧へ
この小説は無銘文庫を利用して執筆されています。無銘文庫は誰でも作家になれる無料の携帯・スマートフォン小説サイトです!
新規作家登録する

携帯小説の
無銘文庫