《MUMEI》 薔薇の香りが、店内の空気を一時、幻惑する。 卵殻庭では、もちろん、卵が降り注ぐ時期には、花の姿を見ることが出来ない。あらゆる娯楽が制限されるので、人々は日々鬱々として過ごすのである。「奥方のお土産に、お一つ如何でしょう?きっと喜ばれますよ」 男達にとって、苧環の言葉はとても魅力的なものであった。 この時期、自分達に限らず女達の機嫌は最悪の状態なのである。旅人のもたらした卵の成果は、たった今給仕の娘で実際に証明されている。 「幾らだい」 「卵一個と交換です」 物々交換という方式に、彼らは、顔を一瞬見合せたが、決断の第一声を上げるのは早かった。 かくて、宿の卵は一つ残らず、苧環の懐へと移動することになったのである。 前へ |次へ |
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