《MUMEI》

 薔薇の香りが、店内の空気を一時、幻惑する。
 卵殻庭では、もちろん、卵が降り注ぐ時期には、花の姿を見ることが出来ない。あらゆる娯楽が制限されるので、人々は日々鬱々として過ごすのである。「奥方のお土産に、お一つ如何でしょう?きっと喜ばれますよ」
 男達にとって、苧環の言葉はとても魅力的なものであった。
 この時期、自分達に限らず女達の機嫌は最悪の状態なのである。旅人のもたらした卵の成果は、たった今給仕の娘で実際に証明されている。
「幾らだい」
「卵一個と交換です」
 物々交換という方式に、彼らは、顔を一瞬見合せたが、決断の第一声を上げるのは早かった。
 かくて、宿の卵は一つ残らず、苧環の懐へと移動することになったのである。

前へ |次へ


作品目次へ
感想掲示板へ
携帯小説検索(ランキング)へ
栞の一覧へ
この小説は無銘文庫を利用して執筆されています。無銘文庫は誰でも作家になれる無料の携帯・スマートフォン小説サイトです!
新規作家登録する

携帯小説の
無銘文庫