《MUMEI》 . 学校から出た後、俺達はゆっくり通学路を歩いていた。お互いに何も言わなかった。俺が転がす自転車からキィキィ…と車輪が軋む音だけが響いている。 しばらくそうしていると、憂が俺を見上げて突然口を開いた。 「ひとつ思いついたことがあるのだけど、話してもいい?」 どうせまたしょうもないことだろう。 俺は、どうぞ、と素っ気なく返す。俺のリアクションを彼女は気にする様子もなく、続けた。 「いっそのこと、見えないフリをしたらどうかしら?」 全くもって意味がわからない。 一応、何が?と尋ねると、彼女は《写り込む女》のことだと答える。 「女は見える人間をターゲットにする。だったら見えないフリをしたら狙われないんじゃないかと思ったの」 確証はないけれど、と最後につけ足す。適当なことを。俺は心の中だけで毒づいた。 的を射てるように見せかけて、その実全く見当違いなことを言っていることに気づかないのかこのムスメは。叶うなら彼女の頭を今ここでかち割ってその短絡的な思考回路を見てみたい。 見えないフリをしたら狙われない? バカな。彼女の言葉を内心で繰り返して即否定する。 俺の行く先々で、女は姿を写り込ませる。有りとあらゆる手段をとって。学食の件もしかり、また自宅でもそうだ。 全ては俺が見えているから。そして向こうもそれを気づいているはずだ。今さら見えないフリをしてももう遅い。すでに女は動き出している。 俺を始末するために。 「君と違って俺は現に見えちゃってるし、第一そんな単純なことで避けられんのかよ?」 ため息まじりに呟くと彼女は意外そうに、あら?と声をあげる。 「そもそもそんな単純なことで女はターゲットを選んでいるのだから、あながちハズレではないと思うわ」 得意気に持論を展開する彼女を尻目に、俺はハイハイ、と適当に受け流していた。 そんな話をしていると、やがて丁字路に差し掛かった。いつもならここで憂と別れる。俺の家は右方向で彼女の家は左方向、つまりお互いの家はこの場所から正反対の位置にあるのだ。俺達は曲がり角で同時に足を止める。 . 前へ |次へ |
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