《MUMEI》

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俺は憂の顔を見た。普段通りの冷めた表情をしていた。作り物のように整いすぎたその繊細な顔立ちを、俺がこうして眺めることができるのも今日で最後になるかもしれない。


『最後』。

いや、『最期』か。


たぶん俺は今日で死ぬ。《写り込む女》の手によって、絶対的な死を贈られる。


ふたりで一緒に並んで帰ることはもう二度とないかもしれないのに、そんなセンチメンタルな感情は彼女の様子からは一切窺えない。もちろんそんなことは彼女に対して1ミリも期待してなどいないが。


良かったじゃないか。
内心で折れそうな自分を励ます。

これでもう彼女の気違いな思いつきに振り回されることもないし、面倒なテスト勉強に追われる心配もない。人間ではないモノ達の存在を疎ましく思うこともないし、というより今度は自分がそちら側になるのか。それはちょっといただけないが今さら仕方がない。



すでにリミットは迎えている。


オーバータイム―――延長戦はあり得ない《写り込む女》とのゲームでしかもこちらに勝因はひとつもない。


勝つか負けるか。

生きるか死ぬか。


どちらとも後者になるであろうことはほぼ確実で、だったらいっそのこと足掻くのはやめた方が潔いしカッコいいのではないかといつになく弱気な自分が頭をもたげる。


良かったじゃないか、もう一度心の中で繰り返してみる。


どんなに逆らっても結果は同じ。

女から逃げ惑うような見苦しい結末だけは絶対にごめんだ。



ならばせめて、残された僅かな時間をいつも通りに過ごして最期を迎えよう。



そんなふうにひとりで考えをまとめ、ある意味腹を決めた俺はいつも通り憂に何も言わず、右側の道へ曲がろうとしたが、

「…お願いがあるの」

憂のゆったりとした声に呼び止められた。俺は足を止め振り返る。

彼女はこちらをじっと見つめていた。強い意志を孕んだ瞳に思わず怯む。逸らそうと思うのに身体が言うことをきかず、結局彼女の鋭い眼差しに射すくめられた格好でその場に硬直した。

お互いを見つめ合ったまま、彼女は口を開いた。


「あなたの残された時間を、わたしに預けてくれない…?」


憂の抑揚はまるで夢を見ているときのようにおぼろげで、そのあまりにも唐突な提案の真意を咄嗟にはかることができなかった。



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