《MUMEI》

 「……何なんだよ。ここ……」
ソコは、相変わらず異様な景色をしていた
改めて訪れる羽目になった屍市
だが以前とは僅かばかり様子が違い、ひどくざわついている
引き攣った様な李桂の声も仕方がないだろうと
井原も辺りを見回した
「……やけに多いな」
静けさしかなかった其処に数える程しかいなかった筈のヒト
だが今はその時とは比べモノにならない程人であふれ返っている
「……婆。一体どういうつもりなの?」
「どうした?」
動揺しているのか、僅かばかり声を震わせる少女へ
様子を伺う様に顔を覗き込んでやれば
徐に少女の手が井原の着物の袷を引き、身を委ねてきた
何を言う事無く、唯だけとせがんでする少女へ
井原は溜息をつくと、生身の右腕で抱きすくめてやる
「……もう大丈夫。ありがと」
穏やかな動きで井原の腕を解くと、少女はまた前を見据え
その界隈を奥へと歩き始める
奥へ行けば行くほどに、ヒトの量は更に増し
全てのヒトは皆同じ方向へと歩いて行く
向かう、その先を見据えてみれば
その群衆の中央に
井原はすでに見慣れてしまった人影を見る羽目になった
「……皆、揃ったか。では、行くとしようかの」
周りを見回し、そして手で行く先を示してやれば
其処に居るヒトが皆、その方向へと歩き始める
「……駄目!」
何所へ行くのか、そして何をしに行くのかを理解したのか
少女は群衆の前へ、両の手を広げ立ちはだかった
「……お前、か」
「この子たちは、何も望んでなんかいない。この子たちから意思を奪ったのは、婆、あなた」
「そうじゃな」
「だから、これは全て婆の意思。此処に、他の誰かの意思は、無い」
「……」
「でも、私は違う。私は、もう誰にも従わない」
「……そうか」
不気味なほどに落着き払った声
老婆はその口元に厭らしい笑みを不意に浮かべ
徐に着物の袷へと手を忍ばせる
其処から取って出したのは、バラバラにされたヒトの肢体
ヒトの型へと還す様、土の上へと並べはじめ
その全てが見える様になった途端
少女の眼が、僅かに見開いた
「……私の、身体?」
「懐かしかろう。お前を別に野身体へと身借りさせた後、捨てるには押しと思い取っておいた」
「……何故?」
「何故、か。儂は存外、お前の顔が好ましかったからな」
「……そうなの」
心底、どうでもいい返答
少女は呆れる様に溜息をつくと、手近にあった屍の腕を唐突にもいだ
肉を全て削ぎ、剥き出しになる骨
無造作に手折り、鋭利な刃物の様になったソレを少女は右手に構え
老婆へと、それを差し向ける
「……婆の、好きには、させない」
だがその一振りは老婆の骨ばった手に軽々と阻まれ
その刃を直接握りこまれ、足元には血だまりが出来る
「人など、要らん。……そう、人などこの世には、必要ない」
耳元で呟き、漸く刃から手を離すと、脚元に散らばったままの少女の屍を拾い上げる
踵を返すと、大勢の死に体を引き連れその場を後に
酷くゆるりとした足取り
だがどうしてか、負う気にはなれなかった
「……全ては無意味。何故、気付かないの……」
力なく呟くその声に、井原は何を返してやるでもなく
座り込んでしまったままの少女を横抱きに抱え上げてやる
そのまま踵を返し、その場を後にしていた
「……降ろして」
無言にて歩く井原へ、少女の声が向けられ
だが井原は何を答えて返す事もせず唯歩く
「……私は、婆を殺す。これは、誰の意思でもなく、私の、意思」
降ろせと再度訴えられ、だがソレに従おうとしない井原へ
睨む様な視線が向けられる
ソレを構う事無くかわした井原はそのまま自宅へ
途中、李桂とは別れ、二人唯黙々と歩いて行く
「……初めて、だったのに」
「何が?」
「婆を、殺す。これは、初めて私の意思で決めたこと、なのに」
何故、邪魔をしたのか、と責める様な視線
井原は答えない
結局会話はそのまま途切れ、自宅へと到着
考えなければならない事は山ほどあった
だが一体何から整理すればいいのかが、どうにも解らない
感じすぎる疲労につい座り込んでしまえば

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