《MUMEI》

 男達が持ち帰って卵を見せると、女達は一様に不機嫌な顔を崩さなかった。
 だが、卵が割れて花が現れると薔薇色の顔になる。
 些細なことであったが、雨季の精彩のない生活に、文字通り彩りが与えられたのである。
 元々広い町ではない。瞬く間に、卵を売る旅人の噂は広まっていった。
 始めは、男達が女達への手土産として持ち帰っていたのだが、やがて直接、苧環の所へとやって来る女が増えてくる。
 玄人と素人とでは、対象を魅せる手際が一味違う。
 女達は、旅人が町の中央広場で露店を出していることを聞きつけると、次々に駆けつけた。
「まぁ、竜胆ね」
 苧環が、卵を優しく叩くと紫色の花弁が現れた。
「どうぞ」
 彼の卵は、薔薇だけではなく、殻が割れる度に違う種類の花が出てくるのである。おまけに、卵を叩く仕草や、優しく囁くような声が女達を陶酔させた。
 錦糸の雨は相変わらず降り注ぎ、道には踏み躙られ汚れた残骸が積み重なっている。
 荒んだ景色の中、一瞬でも天然色が混ざることで、わずかな慰めになったのだろうか。或いは、香りに惑わされたのかもしれない。
 苧環の卵は、卵殻庭住人の希望で雨季の間、割られ続けたのである。

前へ |次へ


作品目次へ
感想掲示板へ
携帯小説検索(ランキング)へ
栞の一覧へ
この小説は無銘文庫を利用して執筆されています。無銘文庫は誰でも作家になれる無料の携帯・スマートフォン小説サイトです!
新規作家登録する

携帯小説の
無銘文庫