《MUMEI》

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―――残された時間をわたしに預けてくれない?



何の説明もなくそう言われた俺は半ば操られるように憂に連れられて、駅近くの市街地へ向かった。

夕方ということもあり、街にはたくさんのひとが行き交っている。

「探しものがあるからそこにある本屋に寄ってもいい?」

唐突に憂が口を開いたのは、俺達が駅前にある大型書店のそばに着いたときだった。

「探しものって?」

不躾に尋ねると彼女は、『日本残酷物語』という本よ、と淡々と答える。俺もタイトルくらいは知っている。確か大昔に『世界残酷物語』という映画が上映されたあと、それを真似して日本の奇妙な風習や不気味な民俗学などを紹介した極めてマニアックな本だ。

またそんな悪趣味な。口には出さなかったが俺は呆れた。

「ずいぶん前に出版されたものだから、小さい書店には置いていなかったの。あなたも手伝ってくれないかしら?」

彼女はそこまで言うと俺の返事を聞くことなく、さっさと本屋に向かって歩き出した。それどころじゃねぇのに。俺はひとりでため息をついて店の前に自転車を適当に停めたあと、しぶしぶ彼女の後を追う。


その書店は地上7階建ての大きなビルで、全てのフロアが膨大な本で埋め尽くされている。各階ごとにカテゴリーが分けられているので、俺達は館内案内板を頼りに目当てのフロアへ向かった。

「あなたはあっちを見て来てくれる?わたしはこの棚から探すわ」

憂は勝手に指示を飛ばし、まんまと遠方の棚を調べることを仰せつかった。

つーか、

「そこに設置してある検索用のパソコンで調べた方が効率的だと思うけど」

俺は店内の隅にあるパソコンを指差した。憂はそちらへ視線を流してパソコンを見つけると、少し考えたふうな顔をしたが、

「自分の手で見つけ出したいの」

理解しがたい情熱に燃えているらしく、拒否された。
自分の手で見つけ出したいのなら俺がそれを手伝うのは矛盾していると申し出たがあっさり無視され、彼女は手頃な棚から順に本を探し始めた。やれやれである。


そもそもはっきり言って、こんなところで油を売っている暇はないのだが。残された時間に限りがあるのであれば、俺にだって一応やりたいこともある。録りためたDVDを見たり、好物のちらし寿司をたらふく食べたり、とか。

だいたい彼女に時間を預けたとして俺が得することなどひとつもないはずだ。それは今までの経験で嫌というほど思い知らされている。

そうだ、俺には時間がないんだ。こんな下らないことはさっさと片付けるに限る。


ひとり決めた俺は、憂をそっちのけで検索用のパソコンに近寄り、本を調べることにした。

タイトル名を入力して検索をかける。数秒後、検索結果が出た。アウトだ。ディスプレイに浮かび上がった『該当する商品はございません』という素っ気ない文句を眺めてため息をつく。

目当ての本がないのなら、ここにいても無駄だ。検索結果を知らせようと振り返ったがすでに憂はそこにいなかった。どうやら本を探し求めて他の棚へ移ったらしい。

俺は憂を探しに本棚の大群の中へ歩み寄っていった。



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